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 ブーゼマンの理論、世紀を超えて。

 衝撃波とは飛行機が音速を超えると発生する波で、海を進む船首から左右へずっとのびてゆく波に似ている。なぜこのような波が生じるかというと、船の胴体が中央で膨らんだかたちをしているからだ。
 飛行機の翼の断面は、横から見ると薄いダイアモンド型をしている。このように中央部が膨らんだ構造を持つ以上、衝撃波の発生は避けることができない。しかしまだ飛行機そのものさえ発展途上だった1930年代に、早くもこの衝撃波を劇的に減少させる方法を思いついた人物がいた。アドルフ・ブーゼマンというドイツの科学者である。
 1935年、イタリアで開催された「第5回ボルタ会議」に、当時第一線で活躍していた世界中の航空工学者が集まり、高速の飛行技術に関する熱い議論が展開された。ここでブーゼマンはふたつの重要な理論を発表した。ひとつは後退翼といって、翼のつけ根より先端のほうが後ろに位置するかたちの提案である。高速の飛行機ではこのかたちが有効であることを提示し、これは現在のジェット機の主流となった。そして彼が示したもうひとつの革新的な理論が、今回の主役、複葉翼による造波抵抗の減少理論である。
 ダイアモンド型の翼を上下で半分に切って、挟み込むようなかたちで置いてみる。するとふたつの翼で発生した衝撃波を互いに干渉させて、打ち消すことができる。

  超音速気流中の翼(断面)に生じる衝撃波(中橋・松島研究室提供)
左/一枚翼(ダイアモンド翼)  右/複葉翼の干渉で相殺される衝撃波

 とてもわかりやすい、一目見ただけで直感できる美しい理論だ。もちろんブーゼマンが発表した当時は、まだ音速を超える飛行機もできておらず、ほとんど机上の空論と思われたことだろう。しかしどこか人の心を掻き立てる、ロマンを誘う理論でもある。

 2004年、ボーイング社の楠瀬一洋(くすのせかずひろ)博士が東北大学流体科学研究所にCOE招聘教授として就任した。21世紀COEプログラムは2002年から実施された文部科学省の助成制度で、東北大学機械系は3つのCOEプログラムを進めてきた。その楠瀬博士がブーゼマン複葉翼機の研究開発に意欲を燃やし、熱意は東北大学の研究者に広まって、21世紀COEプログラム「流動ダイナミクス国際研究教育拠点」の大きなテーマにも発展していったのである。(現在、楠瀬博士は招聘教授を退任され、防衛省技術研究本部に所属)
 これまでコンコルドはあまりの騒音のために人の住む場所では本来の超音速で飛ぶことができなかった。しかしこのブーゼマンの理論を応用すれば、環境にやさしい超音速飛行機をつくることができるかもしれない。外に漏れる騒音は大幅に減って、地上に住む人たちに迷惑をかけることはないだろう。
 これほど革新的な飛行機がすぐに完成するはずはない。翼と空気のふるまいだけでもわからないことがまだたくさんある。だからこそ、これは企業ではなく大学の仕事だ。

  写真   写真

 大林研究室で話を聞く。書棚には、本だけでなく飛行機グッズがたくさんディスプレイされている。
 写真右は、旧航空宇宙技術研究所が1992年に導入した「数値風洞」(Numerical Wind Tunnel, 通称NWT)というスーパー
 コンピュータのPE(計算ユニット)。当時の世界最高速コンピュータで、地球シミュレータのステッピングストーンともなった
 名機なのだ。

「ブーゼマンのアイデアは2次元のものです。でも実際の飛行機は3次元ですね。翼は無限に続くわけではないので、翼の端ではきれいな干渉が崩れてしまいます。そこでまず考えられる方法は、翼端を細くして、なるべく両翼をくっつけてしまう。もうひとつの問題は胴体です。真ん中に胴体を置くと、障壁をつくってしまうのでやはり両翼の干渉が乱れてしまう。そこで胴体を翼の上に持ってきたのがこのモデルですが、まだ飛行機としては課題があります。ただ、いまJAXA(独立行政法人宇宙航空研究開発機構)がマッハ2で超音速巡航可能な小型エンジンを開発しています。直径15cmで長さ2メートルと小さいもので、これから実際の試験に入ります。成功すれば、私たちもそのエンジンを使わせてもらって、ぜひ複葉翼の実証機をつくって飛ばしたいんです。2011年が目標で、その設計をこれから進めてゆこうとしているところです」


 [コラム]  東北大学流体科学研究所に興味のある人は、2年に1度開催される「片平まつり」に行ってみよう。各学部のオープンキャンパスだけでは知ることのできない最先端の研究の現場を見学できる。
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