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米ぬかから軽くて丈夫なセラミックスをつくる!

 トライボロジー(Tribology)とは、1966年にジョスト博士がギリシア語の「tribos」(摩擦する)という言葉からつくった新しい造語だ。摩擦や摩耗、潤滑について研究する学問分野のことで、この研究者をトライボロジストと呼ぶ。「瀬名秀明がゆく!」ではすでにシリーズ15「機械のこれから」で、トライボロジーの観点から人間の歴史と環境の未来について、加藤康司名誉教授との対話を掲載した。堀切川教授はその加藤名誉教授の研究室を卒業している。
 博士課程修了後も東北大学機械系に残って研究を続けていた堀切川先生は、1990年から山形大学に移ることになり、これが大きな転機となった。山形大学では当時、若手研究者を中心とする共同研究組織がつくられて、産学連携を積極的に進めようという気運が高まっていた。堀切川先生のところへ、地元の中小企業経営者がやってきて、さまざまな相談を持ちかけるようになった。
 結果的に11年も山形で暮らすことになる堀切川先生は、ここで研究のスタイルを変える。教科書に載るような仕事は確かにすごい(堀切川先生の仕事はケンブリッジ大学の教科書に3つも掲載されているという)。しかし、がんばっている中小企業の人たちと出会って、自分の研究を実際に世の中の人が使う商品まで持ってゆく仕事も大切だ。つまり基礎研究や応用研究というよりは「実用研究」である。
 下に示したのが、これまで堀切川先生が参加して実際に商品になった仕事のリストだ。2007年11月現在で35件目が出ている。山形大学時代の成果は12件で、すでにそのとき堀切川先生は名物教員となっており、2001年に東北大学機械系に教授として戻ることが決まったときには、地元山形で「辞めないで」という市民の署名運動まで起こったのである。
 数々の商品のうち、なかでも堀切川先生にとって思い入れが深いのは「米ぬか」からつくった軽くて丈夫なセラミックスであるらしい。ここにトライボロジーの成果が凝縮されているのだ。堀切川先生は小瓶に入った粉末のサンプルを取り出してきて、二女高の生徒さんたちの前に並べた。




 RBセラミックスの製造工程


 


堀切川 米ぬかは見たことある?

―― お母さんが「精米してくる」ってよく出掛けていきます。

堀切川 米のいちばん外側の部分が「もみ殻」だね。あれを取り除いたのが「玄米」。それを精米すると「白米」になる。玄米から白米をつくるときに出る薄い皮が「米ぬか」です。見た目ではよくわからないんだけれど、米ぬかは質量比で油が15%、つまり見た目の15%は油なんです。これはサラダとか天ぷらといった食品加工に使える油です。世界中で日本だけが米ぬかから「米油」(こめあぶら)をつくっています。技術的にはそうとう難しくて、世界では日本でしかつくれない。


瀬名 ふつうのサラダ油と何が違うんですか。

堀切川 ああ、いいところを衝いてきますねえ。理科系だ(笑)。ふつうは大豆から油をつくるんですけど、大豆の油はリノール酸が多い。米ぬかからつくる油は圧倒的にオレイン酸系で、胸焼けをしない。だから天ぷらをたくさん食べられる。それから酸化しにくいので、防腐剤を入れなくても変質しにくい。オリーブオイルとこの米油が、酸化しにくい二大オイルです。
 値段は高いので、ほとんどは業務用につかわれています。ポテトチップスみたいなスナック菓子を揚げるとき、お米でつくった油で揚げると味が落ちない。酸化しにくいので防腐剤がいらない。健康食品ブーム的にいえば変なモノをいれたくないんで、圧倒的に業界はこれを使うのね。残りの1割だけが一般家庭に流れている。値段は高いんだけれど繰り返し使っても酸化しないから、実際にはコストダウンになって品質もよくなる。日本のポテトチップス、袋を開けたときいやな匂いがしないでしょ。この米油がいいから。だから今度お菓子を買うとき袋の表示をよく見てごらん。こだわっているメーカーは米油と書いてある。だからそう書いてあるのを買うといい。


左:RBセラミックス
右:米ぬか フェノール樹脂混合物


同じものからできているのに…。


どれどれ、

―― チェックしよう。

瀬名 工学部の中央食堂も米油を使ってますよね。

堀切川 それで、この油が年間6万トン出ているんです。米ぬか自体は年間70万トン以上出ます。これを絞った滓を「脱脂ぬか」っていうんだけど、これが年間業界だけで30万トン出ている。東京ドームの約2杯くらい。とはいっても、東京ドーム一個分の量がどれくらいなのか誰にもわからない(笑)。たくさんあるって意味ですね。
 昔はこの「脱脂ぬか」が家畜の餌になりました。リンやカリウムがたくさん入っていて健康にとてもいいんだけど、ウシはこれを食べると脂身の白い部分が健康的な黄色になります。でも日本人は霜降りの白いものをありがたがるようになったので、農家の人たちも「脱脂ぬか」を使わなくなった。それでこれが産業廃棄物になっていたんです。
 ところが、この「脱脂ぬか」に特殊なフェノール樹脂を混ぜると、とても気持ちよく混ざる。それを固めるとこんなのができちゃう(円盤状のサンプルを皆に見せる)。これを、今度は酸素を遮断して加熱します。するとガスがどんどん出てきて、縮んで、最後にこんなにちっちゃくて軽くなっちゃう(ひとまわり小さい円盤を見せる)。
 これ、比重が1.3くらいです。海の水と同じくらい軽い。ほとんどの成分が 炭素だから軽いんですけれど、煙の抜けた後にちっちゃな穴がいっぱい残って空いているので、さらに軽くなる。それに、もともと原料が植物なので、植物はセル(細胞)構造があって、中はスカスカになっています。そんなに軽いんですけれど、これで鉄より硬い。ナイフやフォークをつくるステンレスより硬くなります。鉄を焼いて鍛えると、日本刀みたいに硬くなるでしょう、あれと同じくらい硬い。だけどすごく軽いんです。触ってみてください。おやっていう軽さがあるよ。

―― うわあ、本当だ。

―― こっちの円盤は重いのに。

堀切川 これ、実はセラミックスみたいに強くなります。原料は植物とプラスティックなんですけど、できあがったものはセラミックスのような性質を出す。これは粉状にもつくれるので、その粉にいろんなものに混ぜると、もっといろいろなものができる。私はこれに「RBセラミックス」という名前をつけました。
 研究の楽しみのひとつにね、自分でこしらえたものに名前をつけられるということがあります。そうすると気分が乗ってくる。「米ぬか」を英語でライス・ブラン(rice bran)っていいます。米の薄い皮っていう意味なんだけれど、その頭文字を採って「RBセラミックス」。炭素系の材料はファインセラミックスの条件に入ってくるので、ファインセラミックスではないけれどセラミックスと呼んで差し支えないのです。

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