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では、さっそくSPRITE-SATの構造を見てみよう!

観測用カメラを設置するための穴。スプライトの形状を正確に撮影する視野の狭いCMOSカメラ2台と、広い範囲の雷の発生位置を決定する ために魚眼レンズを装着したCCDカメラ1台が搭載される。
上部中央から長さ約1メートルの伸展マストが飛び出す。先端には質量3kgの重りがついていて、このマストによってSPRITE-SATは宇宙空間で姿勢を制御する(写真では上面から少し覗いているフックのついた円筒部分がマストの先端にあたる)。雷やスプライトをきちんとカメラに収めるには、つねにこのマストが宇宙の方向を向いていなければならないのだ。
マストを伸展させるためのメカニズムが見える。
伸展マストの試験と衛星の振動解析を担当している、滝内 圭くん(修士2年)(左)澤上友貴くん(修士1年)(右)。

瀬名 いちばん思い入れのある部分は?

澤上・滝内 やっぱり、やっぱりいまいちばん関わっている伸展マストですね。

吉田 マストは釣り竿のような構造で、中にバネが入っています。それが最初は押し縮められており、4本の爪で押さえられています。そこがナイロン線でロックされている。ナイロン線をニクロム線の熱で焼き切ると爪が開いてマストが伸びるんですね。
 打ち上げのときにうっかりマストが伸びてしまうと、JAXAの衛星を壊しかねない。だから万一2種類の独立なトラブルが重なっても絶対に開かないよう設計し、一方で、伸びるべきときにはちゃんと伸びないといけない。そこを確実に動作させるのは難しくて、またまだこれから何度も試験を繰り返さないといけません。
 1本のナイロン線だけだと間違って切れることがあるので、3本の独立した線で結んであります。焼き切るときは3本全部を切らないと爪のロックが解除されません。開くための信号を送るところもスイッチが2個あって、しかも衛星がロケットから分離しないとメインスイッチが入らない。ロケットと衛星がつながっている間は決して電源が入らないんです。確実にロケットから分離した後、電源が入って、その上ではじめて焼き切りが成立する。このように衛星では二重、三重に安全策を講じておくんですよ。

澤上くん 衛星は夢があるように思えますが、実際は信頼性がいちばん。宇宙へ打ち上がってしまったらもう直せないので、地球で完璧にしておかないといけない。試験に試験の繰り返しです。開発ってすごく現実的なんだなと実感しました。

吉田 ただ、ぼくたちは人間なので必ずミスを起こします。それをどこまで事前の試験で洗い出して、対策を取れるか。ねじ穴が一カ所でも堅くて引っかかるようだったら、一度組み立てたとしてもちゃんとバラしてつくり直す。一回組み立てたら、もうバラすのは面倒だと思ってしまいますよね。でもそれを何度もやる。そのとき、つねに後戻りのポイントをはっきりさせておくことが重要なんです。後戻りできるときにちゃんとその部分を試験しておく。
 滝内君はマスト伸展のバネをつくるために、バネづくりの専門家のところにいって修行したんですよ。ベリリウムカッパーという素材でリボンをつくって、そのリボンを斜めに巻いて、ぎゅっと押し縮める。手を離すと縦にぴゅっと伸びるバネになるんですが、東北大の理学コミュニティが昔から観測衛星によく使っていた方式だったんです。でも今回は先端に3キロの重りをつけなきゃいけない。伸びると同時に3キロの重さを支えるということで、いつもより難しいバネ機構が必要なんです。

UHFのアンテナが衛星の四隅に配置される。金色の矢印のようなかたちをしている。
升本「こんなアンテナ、見たことないでしょ。スプライト用に設計して、性能もすごくいい。四隅に置くことで衛星の周囲全体に感度がある。これで地球からの指令をキャッチします」
SPRITE-SATの外部電源。今回のミッション専用につくられたもの。電源まわりはプラスとマイナスを間違えたりするだけで致命的な事故になる。人為的なミスを防ぐため、専用のバッテリーをつねに使うようにする。こういった地道な安全対策が衛星開発には不可欠。
升本「これはずっと種子島までついてゆくんだよ。衛星を運ぶごとに接続も変えていたのでは、時間がかかるからね」
基本中の基本、トルクドライバー。
ロケット打ち上げのとき、衛星には10Gから30Gという激しい振動がかかるので、ねじの締めつけがゆるいと外れてしまう。
では、ねじを糊で固めてしまえばいいと思いがちだが、実際は何度も地上で事前に試験を繰り返し、部品のつけ外しを繰り返すので、ねじ穴を固めてしまうこともできない。
振動試験を繰り返すためには、機体をバラして、また同じ条件でもとに戻すことが大切だ。ねじをいつも同じ条件で締めるために、このトルクドライバーでひとつずつねじを管理する。
ねじの太さによってどのくらいのトルクを加えて締めつけるか、きちんと決まっている。このトルクドライバーで回していけば、一定以上のトルクがかかると空回りして、それ以上力が加わらない。これによってねじのゆるみや締めつけ過ぎを防ぎ、いつでも同じ条件で振動試験ができるのだ。 壁にはそれぞれのねじのトルクが大書されていた。

吉田 今回は科学的な観測がメインですから、衛星が飛びました、動きましただけではだめなんですね。きちんと観測できて、しかもその観測結果が第一級のサイエンスになることが大切。そのために鯨衛星での成功を受け継いで安全確実な衛星をつくる。
 ただそれだけではなくて、もちろんいくつか技術的な隠し球も入れています。まずひとつはマイクロチップの実証実験。宇宙のような放射線が飛び交う環境では、マイクロチップが誤動作や故障を起しやすいんですね。それをどこまで使えるか、今回のミッションで評価します。東北大学機械系は江刺正喜先生(注3)をはじめとしてMEMS技術が得意ですから、まずは、その技術でつくられたシリコンチップに公募で集めた子供たちの名前を刻み込んで、衛星の表面に貼り付けます。そしてもうひとつ、この衛星の心臓部には、スウェーデンの大学と共同開発した新しいMEMS技術も組み込まれています。これが動けば衛星の姿勢に関するさまざまなデータが取れます。この実証実験もあわせておこなう予定です。

高橋 観測機器はぼくたちサイエンスチーム(注4)が担当します。

吉田 このクリーンブースでは、観測機器と衛星の共通系(バスと呼ばれる)(注5)のほとんどの部分を開発します。  衛星として通信ができる、ちゃんと電力のマネージメントができる、姿勢制御ができる……といった部分は工学の責任範囲ですから、最低限やらなければならないことはきちんと基礎を押さえる。バス機器は多くの中小企業の皆さんといっしょに開発して、特別な宇宙部品を使うのではなく、民生品も活用します。そうすることで約1億円という予算範囲内で科学観測プロジェクトができるわけです。

バス機器開発のメンバー
東北大学と専門技能者集団(中小企業)との共同作業

  1. 送信機・受信機: (株)アドニクス、三協特殊無線(株)
  2. 搭載計算機: (有)ナノテクス、(株)エーディー
  3. 電源系機器: (株)日本エレクトロニクス
  4. 伸展マスト: (株)システム計測、(株)スター精機
  5. 技術アドバイス: 升本技術士事務所

升本さんが声をかけると集まってくれる頼もしい仲間たち。日本のトップ技術がSPRITE-SATプロジェクトを支えているのだ!

衛星の台座も実は代々受け継がれてきた手づくり品。スプリングとダンパーが入っていてほとんど振動しない。カバーを閉めるとこれが輸送用コンテナになる。
運送ケースを兼ねたコンテナで、升本さんはこの台座を使ってこれまで4台の人工衛星を成功させてきた。その縁起物を今回も使用する。
氏家さんの苦心の作品。ねじをなくさないように、機体から外したらこのボードにつけておく。
消磁器を手にする升本さん。
吉田「宇宙に飛んでゆく部品は、ねじ一本にいたるまですべてアルコールで洗って、油脂を落としておくんです。それに購入したばかりのねじは磁石になっているので、そのまま衛星にねじ込むと観測機器に影響が出るので、ひとつひとつ消磁しなければなりません。だから衛星組み立ての準備段階として学生さんが、朝から晩までねじをこの機械に通している日もある(笑)。そして毎日の作業の開始前にも、必ず工具を消磁する。衛星開発は地道な作業の積み重ねですね。」
いまは理学部理学総合棟の屋上に放置されている、2.4m衛星追跡用アンテナ。今後はSPRITE-SAT専用として、理学部理学総合棟の屋上へと移動し、運用される。
学生プロジェクトマネージャーの氏家恵理子さん。昨年3月に修士課程を修了。企業への就職を遅らせて、このSPRITE-SATの開発に従事している。
氏家「高校のときの夢は衛星をつくることだったんです。星空が好きで。宇宙を眺めていました。最近思ったんです、あのときの夢がいま叶っているって」
吉田「スケジュール管理や図面の細かな仕上げ、人と人の橋渡し、そういったことはぜんぶ氏家さんが受け持っている。いつも駆け回っています。」

では、このSPRITE-SATが観測しようとしている「スプライト」とはいったいどのようなものなのだろうか? 高橋幸弘講師にその詳細を聞いてみよう。

 

(注3)
「瀬名秀明がゆく!」のシリーズ6シリーズ9に登場。
(注4)
東北大学の卒業生やスタンフォード大学の研究者らも含めて計8名。
(注5)
コンピュータのメモリボードで「バス」(BUS)と呼ばれる部分と同じく、「共通部分」(共通系)のこと。コンピュータの中心機能と各周辺機器をつないでデータ交換するための共通経路。


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