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スプライト・フィーバー!

東北大学理学研究科の高橋幸弘講師。『理系白書』(講談社文庫)にも登場している。

 
 
 

高橋幸弘

1989年3月
東北大学・理学部 卒業

1991年3月
東北大学・大学院理学研究科・博士課程前期2年 修了

1991年4月
東北大学・大学院理学研究科・博士課程後期3年 進学

1991年7月
東北大学・理学部・助手(越冬隊参加のため。大学院理学研究科を休学)
第33次日本南極地域観測隊・越冬隊員(1993年3月まで)

1995年3月
東北大学・大学院理学研究科・博士課程後期3年 退学

1995年4月
東北大学・理学部・助手

1997年3月
博士号(理学)取得(東北大学)

1998年7月
東北大学・大学院理学研究科 地球物理学専攻 講師

 

























































高橋 今回のSPRITE-SATは、世界最速の人工衛星開発をめざします。ふつうは計画を立ててから打ち上げまで10年から15年。つくり始めてからも5年くらいかかる。それを1年でやってしまおうというのは、聞いたことがないでしょう。他国でも衛星の開発は計画されていますから、その中でサイエンスとして勝つにはシビアな状況で、そのためには開発の速さが大切なんです。しかも予算は1億円。
 先週、ヨーロッパの学会で招待講演をさせていただいたんですが、今回のプロジェクトについて話すと会場からそんなの無理だろうという笑いと、賞賛のどよめきが起こる。この辺、表現が難しいのですが、無理とまでは思われていなくて、驚きを含んだ笑い、なんですけど…。彼ら自身のプロジェクトに対する苦笑いというか。
私たちがよく見る雷は次のようなメカニズムで生じるといわれている。まず積乱雲(雷雲)の中で上昇気流が起こり、小さな氷晶が上に、大きなあられが下に運ばれる。このとき互いにぶつかって摩擦が起こり、静電気が発生して、上にプラス電荷が、下にマイナス電荷が溜まる。この電荷が地上とショートして、放電する現象が雷である。マイナス電荷が地上と放電することが多いが、上方のプラス電荷を持つ雲粒が風でなびくなどして地上につながることもある(正極性落雷)。 この放電現象はせいぜい地上から10キロの高さで発生するが、スプライトは地上40キロから90キロ、つまり雷雲よりも上空で発生する。国際宇宙法では地上から100キロ以上が「宇宙」であると規定されているから、スプライトはほとんど宇宙の近くで起きる大気現象なのだ。

 瀬名 「スプライト」という現象が1989年まで発見されなかったというのも驚きですね。 だって、地上からでも見えるわけでしょう。

高橋 そうなんです。しかも1989年の発見は、アメリカの研究者がカメラテストをしていたらたまたま視野の端に写ったのがきっかけ。しかし昔の人は偉くて、1920年代に出現の予測をした人もいます。ところがそれから70年経つまで人類はスプライトを見つけられなかった。これね、肉眼で見えるんですよ。ぼくも何回か見ている。はっきりとスケッチができるくらい、きれいに地上から見えます。パイロットはそれなりに知っていたんですが、人類とはふしぎなもので、写真やビデオにはっきりと写らないと認識できない。かつてUFOと呼ばれていたものの一部もこういった現象だったかもしれません。
 スプライトが見つかって、アクションを起こしたのは雷業界よりむしろオーロラ業界だったんです。ここが示唆的なんですが、雷の業界は一時期行き詰まっていたんですね。雷が摩擦で電荷分離して起こるということはわかるんですが、具体的にどういうプロセスが電荷分離を起こしているのか、それを定量的に証明するのは難しい。それに雷は地震と同じで破壊現象ですから、個々の予測がほとんど不可能に近い。奥が深くて問題が解けないことばかり。ところがスプライトが出たことで急に目の前が拓けた。それに飛びついたのがオーロラの研究者だったんです。実はわれわれも雷の専門ではなくてオーロラ(電磁現象)の専門なんですね。
 1990年代初めにはアラスカ大学が世界でいちばん早く、スプライトのきれいな写真を撮りました。なぜアラスカ大学かというと、彼らはオーロラ研究のためにいいカメラを持っていたからです。初期のスプライト研究はアラスカ大学とアメリカのスタンフォード大学が牽引していました。

 瀬名 「スプライト」(Sprite)とは「妖精」の意味なんですね。はじめて知りました。この名づけ親は?

高橋 アラスカ大のデイヴィッド・セントマンと、趣味で研究をやっているアメリカのお天気おじさんです(笑)。ウォルター・ライオンズといって、いまは道楽で気象コンサルタントをやっている。彼はNASAから資金をもらって、コロラドの自宅を改造して観測基地にしてしまった。彼はもともとシカゴ大で学位を取って助手をやっていたんですが、話がうまいので道を踏み外した(笑)。それでいま、彼を慕って全米から研究者が集まって、雷やスプライトの地上観測をしている。
 スプライトのような高高度での放電発光は現在ではTLE(transient luminous event)と総称されています。その後2番目のTLEとして、別のメカニズムで出現する「ブルージェット」というものが1995年に観測されています。われわれは3番目のTLEである「エルブス」(注6)を世界で最初に発見しました。この名前もライオンズさんがシェイクスピアからつけちゃった。最初はスタンフォード大学もライオンズさんたちの仲間だったので、彼らはもっとふつうの名前を提案していたんですが、学術誌に投稿している間にライオンズさんが「エルブス」を広めちゃったので、次に投稿するときにはそれを使わざるを得なかった(笑)。

 瀬名 名前、つけ放題ですね(笑)。高橋先生がスプライト研究に関わるようになったきっかけは?

高橋 1995年に、オーロラ研究で東北大学のグループとつきあいのあるスタンフォード大の先生から「スプライトというおもしろい現象があるからぜひいっしょに研究しよう」と誘われました。スタンフォードは電波のプロだったので、光の観測は得意じゃない。うちは光の観測をずっとやっていたので、誘われて1カ月で観測機器の設計をして、その3カ月後にアメリカに行きました。その最初のデータで「エルブス」を撮影できたんです。

スプライトとは、雷放電に伴う中層・超高層大気における過度発光現象(TLE)のひとつ。
1989年に発見された。
高度40-90kmで発生し、雷放電直後に数ms-数10ms発光する。
肉眼で確認できるほど明るく、はっきりした構造を持つ。
類似発光現象(TLE)の発見がいまだ続いている。
膨大な発生数がある。
地上観測で一日あたり100-300個、全地球では一日で数1000-1万個とも。
水平構造・メカニズムがいまだに未解明。

瀬名 スプライトは地上40キロから90キロの高いところに出るということでしたね。どういうときに出現するんですか。

高橋 まず、雷が落ちますよね。そこに流れた電流によって生じた電荷の不均衡を補うために、電流が流れるのがスプライトなんです。雷が落ちると、そこがアンテナとなって強い電磁放射をする。その電磁波が上層の電子を加熱して、空気にぶつかって光るのがエルブス。電子レンジみたいなものです。

吉田 雲の中のマイナス電荷が地面とショートするのが地上の雷でしょ。スプライトはプラス電荷と宇宙の放電じゃないの?

高橋 そうじゃないの。ややこしくてごめんなさい。雷の多くは雲の下層に溜まったマイナス電荷が地上とショートしてできるんだけれど、全体の1%から10%は上層のプラス電荷のほうが地面に落ちている。下向き電流が発生する正極性落雷といいます。マイナス電荷の雷ではスプライトはほとんど起きなくて、プラス電荷のときに起きるんです。

吉田 そうなんだ。地上でマイナスだけ放電されて、プラスが余るから宇宙に逃げる、と思っていたんだけど。

高橋 ほかにもまだ基本的な情報が足りなくて、未解明な部分が多い。たとえば、スプライトは大きな雷のときに出ることはわかっているんですが、では大きい雷なら必ず出るかというと、そうでもない。
 それから、理論的には落雷の直後(2ミリ秒以内)にスプライトは発光するはずなんですが、実際には2ミリ秒のものもあれば30ミリ秒のものもあり、100ミリ秒を越えるものもある。
 あと、理論的には雷が落ちたらスプライトはその真上に出るはずなんですが、50キロ以上離れて出ることも多い。理論では一発落ちたらそこに一本光るはずなのに、10本以上光ることもある。しかも幅が50キロくらい広がる。アラスカ大学がきれいな動画をハイスピードカメラで撮影しています。

瀬名 (動画を見ながら)なんだこれ、花火の「ナイアガラの滝」みたいだ!

高橋 すごいでしょ。明るくて眼でもはっきり見える。なぜそれが1989年まで認識されなかったのか。ぜったい過去に誰かが目で見ているわけですよ。でも写真に一枚写るかどうかで、サイエンスか迷信かの分かれ目になる。
 大きな雷は5分から10分の間隔で起きるので、1回雷を見たら次に何分後に出ると思ってそこを見続けていると、だいたい出ます。いまは高校生でも見ていますから。

瀬名 高橋先生は日本でもスプライトを観測していますね。

高橋 日本の雷は有名なんですよ。雷の標準的な教科書(注7)にも、冬季の雷の代表はジャパンだと書かれている。日本の研究者は北陸の雷を研究することが多いですが、ここは世界最大級の雷が出ます。

瀬名 世界最大級といわれても(笑)。

 

 

高橋 わからないですよね(笑)。ふつうの雷一発がTNT火薬1トンなんです。ただ、落ちたところに火薬1トン分の被害が出るわけではなくて、そのエネルギーは音にもなるし、光にもなる。ほとんどが大気の加熱に使われる。トータルで1トンということです。
 冬の北陸は、雷の数は少ないけれど1回あたりのエネルギーが最大クラス、つまりTNT火薬100トンのレベルといわれています。この規模になるとスプライトが出る。この【図】は福島県から石川県方向の上空を見たときの記録です。コロラドのような夏の大規模な落雷でしか出ないといわれていたエルブスが、冬でも出ると証明した最初の観測です。この辺誤解があります。エルブスは電磁パルスの強度で出現が決まっていて、電磁パルスは必ずしも落雷の全体のエネルギーに相関が高くないのです。なので、スプライトが見つかったほうが、発見としてのインパクトは大きいかもしれません。
 ところで瀬名さん、雷は1秒間にいくつ出ていると思います?

日本冬季のスプライト。

瀬名 1秒間って、全地球で? ぜんぜん見当もつかない(笑)。

高橋 40回から100回といわれています。その中で特別に大きなものがスプライトを起こすといわれていて、100回から1000回に1回、つまり1秒から10秒に1回くらいの割合でスプライトが出るといわれています。そういう大きな雷がどこで起きているか、これまでは地上の電波観測で三角測量してきました。それを見ると、フロリダ、アフリカなど、一般には大陸上で多く発生していることがわかります。日本の周りでも冬にたくさん発生しているんですよ。

吉田 けっこう太平洋上で起きているんだね。

高橋 そう。北陸の雷は世界でいちばんスプライトの発生確率が高い。それから台湾の人工衛星にセンサを積んで調べたところ、雷あたりのスプライト発生比率が一番高かったのは千葉県沖なんですよ(笑)。他のところは多くても1%程度なんですが千葉県沖は20〜30%。理由はまったくわかりません(笑)。



(注6)
ElvesはElf(エルフ=妖精)の複数形。エルブスは高度90〜100kmで直径200〜500kmの円盤状に光る現象で、時々真ん中に穴のあいたドーナッツ状のものも出現します。
(注7)
“The Lightning Discharge” by M.A. Uman
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