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瀬名 スプライトのかたちはどうやって決まるんですか。

高橋  そこはいま研究しているところですが、親となる雷の時間変化で決まるのではと考えています。電磁波は電流の時間変化によって強さが決まってくるので、つまり100クーロンの電荷が溜まっていて、それが0.1秒かかって落ちるのか、2ミリ秒、30ミリ秒なのか、それが上に与える影響の差を生んでいると思っています。だから早く落ちるとTLEの中でもエルブスが出やすくて、ゆっくり落ちるとカラム状のスプライトが出やすい、さらに遅くなると人参型のスプライトが出ると見当をつけていますが、まだ調べているところです。
 やはり基本的なところがまだまだわからない。それはわれわれが地上から斜めに見上げているからなんです。やはり上から見たらどうなるかということと、落雷の放電経路の関係を知りたい。これを見ないと最終的に何がかたちを決めているか結論できない。
 いままで宇宙からのスプライト観測は、スペースシャトルのコロンビア号がありました。帰還時に事故が起こってしまいましたが、あのミッションではきれいな写真がたくさん撮れて、宇宙からの観測がいかに有効であるかが示されたんです。続いて2004年に台湾の人工衛星がスプライト観測モジュールで機械を3台積みました。このうち2台はカリフォルニア大がつくって、1つはわれわれ東北大学がつくったんです。それが非常に成功していて、まだ飛んでいるんですが、1000個くらいのスプライトを撮影して、エルブスは7000個以上に近いデータを撮っています。ただしそれは地平線方向を撮影しているので、地上から見た絵に近いものは撮れるんですが、真上から見てどうなのかはわかりません。
 この【図】は能登半島に出現したスプライトを、埼玉県の堂平からと仙台からの二カ所で観測して、ふたつのデータをつきあわせて地図に組み入れてみたものです。これを見ると、なんとなく光の柱が円形に並んでいるように見えません? でも地上からの観測だとこのくらいが限界で、同じ高度で発光しているという保証もないし、丸そうだけれど証明できない。だから人工衛星で次に何をやるべきかというと、上から撮るべきだというのは世界的なコンセンサスなんです。
 フランスが国際宇宙ステーションを使ってトライしたんですが、観測期間が短すぎて、いいデータが取れませんでした。そこでフランスは上から撮影する人工衛星をいま提案していて、これから制作に入るはずです。デンマークを中心としたヨーロッパグループも国際宇宙ステーションで同じことを目指しています。そういった競争の中で、われわれのSPRITE-SATは他国に比べて圧倒的に早くできるのが大きなポイントなんです。

吉田 私たちの目的は、ですから衛星を作って宇宙で何かの技術実証しておしまい、というわけではないんですね。この点で、これまでの小型衛星とは大きく違うと思います。たんに大学としてはじめてとか日本としてはじめてではなくて、短期にピンポイントでトップサイエンスを狙う、という考え方がこれではじめて実現する。成功すればですけど(笑)。

高橋 あともうひとつ説明させてください。このSPRITE-SATでは「地球ガンマ線」(TGF)も観測しようと考えています。ガンマ線というのはエックス線よりも波長が短くエネルギーの高い電磁波で、人体が浴びれば 有害なものです。
 1994年に、はじめてアメリカのガンマ線天文衛星が、宇宙起源でないガンマ線を捉えました。それが雷起源かもしれないと発表したんですね。衛星のデータを解析すると、5年間で地球起源と思われるのが100回くらい起こっていることがわかった。ガンマ線というと、従来は遠方宇宙のすごい高エネルギー現象という理解だったわけですね。

吉田 ところが、地球からガンマ線が出ているなんて、という……。

高橋 足元からスパスパ出ていることがわかって、大騒ぎになったんです。
 しかも丁寧に調べていくと、落雷のタイミングと時刻的・場所的に合っている。そのときは数が少なすぎて調査が進まなかったんですが、2004年12月、アメリカの新しい天文衛星が地球ガンマ線を大量に取ったと発表したんです。地球ガンマ線の分布がスプライトとまったく同じ分布をしていることがわかって、これは絶対スプライトから出ていると、そのときみんな色めき立った。
 2005年2月にバークレーでワークショップが開催されて、ぼくも参加しました。そこで明らかになったのは、スプライトは上位1%くらいの大きな雷で起きるんですが、そういう大きな雷では地球ガンマ線はほとんど出てきていない。小さい雷か、認識されないくらいの小規模の雷でしか発生しないとわかった。スプライトと同じ場所に出ているのに、これは実に意外な結果でしたが、やはり業界的には地球ガンマ線も狙っていくべきだという話になっています。フランスの人工衛星も、ヨーロッパの国際宇宙ステーションプロジェクトもガンマ線を狙いに行きます。ですからわれわれもガンマ線をやろうということです。  もちろん流行に乗っているわけではなくて、ガンマ線の大量発表がまだなかった時期からこの人工衛星計画は立てていたんですよ。雷が起きると高エネルギーの電子が生成されるという理論は以前からあって、そういったものを検出できるセンサの搭載を考えていました。2004年にかなり素性が分かってきて、そのセンサでは撮れないとか、むしろガンマ線を狙ったほうがいいとわかってきたので方向転換しました。すごくいいタイミングだったと思います。

瀬名 どうしてガンマ線はスプライトと同じところに出たんでしょうね。

高橋 まだわからないんですが、ガンマ線はプラス電荷が落ちる正極性落雷に伴って起きることがわかることがわかってきました。これは下向き電流の落雷ですが、このプラス電荷の落雷はスプライトの発生にもつながっているので同じところに出ているのかもしれません。まだ想像の域を出ないですね。

吉田 スプライトのもと(トリガー)となる現象とつながっているかもしれないということ?

高橋 うーん、もとというか。正極性落雷を起こす比率の高い雷雲のほうがスプライトを生みやすいけれど、その理由はよくわからない。地球ガンマ線も正極性の比率が高いところで発生しやすいけれど、スプライトとの関係はまだよくわからない。
 どういう放電過程で地球ガンマ線が出ているのかがまだわかっていないので、どのくらいの高さからどの雷から来ているのかをまず押さえたい。大事なのはタイミングで、雷の時刻とガンマ線の到達時刻を1ミリ秒以内の精度で同定したい。今回のSPRITE-SATでは、雷を写すだけではなくて、ガンマ線とVLF電波のデータも取得します。カメラは時間分解能が悪いので、一枚撮ったら雷もスプライトも終わってしまいます。でもVLFは100キロヘルツの周期でサンプリングするので、10マイクロ秒の精度があります。ガンマ線測定機器も0.5ミリ秒の精度がある。いま飛んでいるガンマ線天文衛星の精度は2ミリ秒なんですよ。これでは、実は落雷とガンマ線がどのくらいの時間差でどちらが早く出ているのか、正確に議論できない。だからSPRITE-SATでは、同時に写真も電波もガンマ線も測る。このセットができるのが理想的です。

吉田 何としても成功させないと。観測機器の開発は、短いスケジュールのなかでものすごい努力をしていますからね。

高橋 いろいろと工夫もしています。これは小型衛星なので、地上に降ろせるデータ量に限りがある。それを補うために、うまくスプライト現象だけを取り出して、そのデータだけを地上に降ろしたい。ずっとビデオテープを回すわけにいかないので、ある瞬間だけデータを取って、あとは捨てるということをどうやって効率よくやるか。画像の中からスプライトを認識するソフトウェアを学生に開発してもらいました。もちろんこれはまだ確立した技術ではなくて、チャレンジです。

瀬名 いままで実際に撮られていないわけだから、シミュレーションしようがない(笑)。

高橋 そうなんです(笑)。あと、搭載するカメラですが、CMOSカメラとCCDカメラと2台ずつ積みます。CMOSのほうは従来宇宙観測に使われているものですが、CCDカメラはアマチュアの天文家がよく使っているワテック株式会社(注8)にお願いして、デジタル出力できるようにしていただきました。特殊な宇宙部品は使っていないのでリスクはあるんですが、いま放射線をあてたり、温度をマイナス40℃からプラス30℃まで変えたり、真空に入れたりと一通りの環境試験をして、問題ないことを確認しています。うまくいくと世界で一番安い宇宙観測カメラになります(笑)。

学生たちが手づくりしたBOB(ブレイクアウトボックス)。これを使うと、電子機器の間をつなぐコネクタや配線の状態が正常かどうかを、電気的に接合したままで、コネクタの1ピンずつ検査することができる。

吉田 そうだ、これを見てください。衛星をつくるに際して、まずは学生にBOBが必要だからつくれといったんですよ。ところが最初のうちは、この箱の重要性がまだわからないから、つくりが粗雑で、こんなのじゃだめじゃないかというと学生はみんな嫌な顔をするわけ。「ぼくは衛星がつくりたくてこのチームに入ったのに、こんなスイッチボックスつくるためにこのテーマを選んだわけじゃありません」と(笑)。
 でも、いまになってこのありがたさがわかったと思うんです。これがないと、たとえばテスターを細かなコネクターのピン先にあてるという不安定な状態でしか、回路の動作チェックができない。チェックのつもりがテスターの先端が2つのピンに同時に触れて回路をショートさせ、大事な機器をこわしてしまう危険性もある。
 この箱にスイッチを取りつけるために、一晩の間にドリルで穴を何十個も空けないといけない。そして箱の中ではひとつひとつ地道に半田づけをしているんですよ。でも結局はこういう道具立てをちゃんと整えることがすごく大事。衛星をつくるというのはそのくらい地道な作業なんです。

瀬名 学生もトータルでそういうのが好きでないと、できないですよね。

高橋 うちの学生もサイエンスといいつつ、ぜんぜんサイエンスじゃない作業もやってます(笑)。地上から宇宙(衛星)に向かって電波を飛ばすには、電波の従事者免許が必要なんですよ。学生が窓口になって総務省とやりとりしています。

吉田 衛星をつくるということを通して、いろんなことがいっぱい見えてくる。その意味じゃ、ぼくらはすごくいい勉強をさせてもらっています(笑)。

瀬名 学生は大変だ(笑)。



(注8)
山形県の鶴岡市にある会社で、CCDカメラとその周辺機、応用機器を開発・販売している。

 

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