HOME シリーズタイトル一覧 読みどころコラム よくある質問 ご意見・ご感想 瀬名秀明がゆく!
スプライトサット sprite-sat スプライト観測衛星を打ち上げよう!
スプライトサット sprite-sat スプライト観測衛星を打ち上げよう! alt=
   

  工学部というと男性ばかりのイメージ。でも東北大学工学部・工学研究科 機械・知能系では、女性が元気に研究へ打ち込める環境づくりを推進しています。
 その一環として定期的に開催されているのが、女性の交流会。女子学生と女性教職員が集まって、ふだんはあまり話をする機会がない人とも気軽に言葉を交わすことができる時間です。ちょっとした悩みや進路・将来の不安を解消するきっかけにもなっています。
 2008年4月7日、新入生を迎えての「女子学生のつどい」が、工学部青葉山キャンパス内の「こもれびカフェ」で開催されました。
 機械・知能系から巣立ち、いま企業や研究施設で精力的に仕事を進めている女性の先輩たちと、量子エネルギー工学専攻の笹尾真実子教授による講演会。その後は各テーブルに分かれ、オードブルを囲みながらの食事会です。  笹尾教授の語る「しなやかな視点・しなやかな知性」とは?
《構成:瀬名秀明》



2008.6.20更新
女性のためのウェブサイト→
page|1|

笹尾真実子「しなやかな動き・しなやかな視点・しなやかな知性」




  吉田和哉教授
 
 

笹尾真実子 教授
【ささお まみこ】
原子核物理学で博士号修得、ポスドク5年間は高エネルギー原子核物理学研究に従事。核融合研究が実際に核反応を生起する時代が到来すると察知して分野を変更。以降、核反応で生成される高エネルギー粒子を測定してプラズマを診断することを専門とする。 国際熱核融合実験炉 (ITER)のための国際物理活動では中性子計測作業部会部会長。

1970年
東京大学理学部物理学科卒業後東北大学大学院理学研究科へ進学。

1976年 
博士課程修了理学 博士号修得

1976年 
渡米 Post Doctoral Fellow/Research Associate(Part time) (スタンフォード大学 / ローレンスバークレー研究所)

1978年
帰国 湯川奨学生/日本学術振興会特別研究員(大阪大学)を経て

1981年 
名古屋大学プラズマ研究所(後に核融合科学研究所)助手

1992年
核融合科学研究所 助教授

2002年
東北大学大学院工学研究科教授

 



 

 笹尾 ご紹介いただきました笹尾です。
 いま、卒業生の先生方からお話をいただきました。私は先生方より20歳くらいの年上です。皆さんも聞いたことがあると思うんですが、女性の研究者はこれまで大きな差別を受けてきました。リーゼ・マイトナーという女性研究者は核分裂を発見した人ですが、ノーベル賞を受賞できませんでした。彼女は当初は 大学にも入れなかった。いまから紹介するチェン・シン・ウーという女性研究者も、その研究内容は誰もが認める素晴らしいものだったのですが、やはりノーベル賞は受賞できませんでした。そういう時代を経て、私たち女性研究者は今活躍できるわけです。
 ちょうど私はその端境期を生きたことになります。そのような時代の中で、私はこの東北大学で教室を開かせていただいて、とても幸せだったと思っています。私は学生結婚をしました。学生時代に最初の子が生まれて、就職する前に二番目の子が生まれて、子どもをふたり抱えながらの就職活動でした。当時はアメリカにいたんですが、パートタイムであちこちの研究グループを渡り歩きながら細々と研究を続けました。そういうなかで、やっと就職ができました。夫とはずっと別居生活をしましたが、それでも子どもたちが元気に成長し、意義ある人生を送ってもらいたいとずっと願ってきました。幸いにしてふたりの子どもは自らの意義ある人生を送ってくれていて、もうすぐ孫も生まれる、いまそういう時点にいます。
 今日の講演で、ご卒業された女性の皆さんは仕事も家庭もしなやかになさっているとわかったと思います。私はどちらかというと猪突猛進型で、しなやかという言葉に憧れを持っているので、今日は「しなやか」というキーワードでお話をします。

笹尾教授

しなやかな動き


笹尾教授

笹尾 しなやかという言葉にどのようなイメージをお持ちですか。文科系の娘に尋ねてみると、障害物があったとき、それを押しのけて前進するのではなく、迂回してゆく感じじゃないの? といいました。チーターが獲物を狙っている様子を想像してみてください。
「動物は複雑で絶え間なく変動する状況の中をすばやくしなやかに移動する」。
 しなやかに動くとはどういうことか、チーターの目を想像してください。何かを狙っていますね。その行動パターンも、決して直進的な動きではなく、獲物に合わせて瞬時に対応しています。このように、動物がしなやかに動くときは、目というセンサ(感性)で相手の動きをじっと観察し、脳(知性)を使って相手の動きをとらえる。これから皆さんは機械・知能系のロボット工学の講義で、このようなお話を聴くことと思います。
 こういうしなやかな動きはチーターだけに限らず、たとえばラグビーの選手にもあてはまるでしょう。
 環境と状況を認識し、状況の構造を理解する。そして解決策となる運動を見つけ、的確な動きをする。この一連の行動が、しなやかな動きになるのではないかと思います。
 ここで重要なのは、チーターもラグビー選手も環境・状況をしっかり見つめて理解しているけれど、環境のモデルが充分にわかっているわけではない。環境や状況はつねに変化していますから、そのことも考慮しないといけない。刻々と変化する状況において、ラグビーではパスの相手、パスの方向はつねに多様です。つまり解決策となる運動の方向は、フィードバックを繰り返しながら変化する。このようにしながら、チーターもラグビー選手も目的へ向かって前進してゆきます。
 機械・知能系で研究されているロボットにあてはめてみましょう。環境・状況の認識には、優秀な知覚センサを必要とします。そして周囲の構造を理解するためには、その場の状況や、あるいは自然そのものの理解が必要となりますから、サイエンスが求められます。ですからこれから皆さんはサイエンスをしっかり勉強することになります。そして解決策となる運動を見つけるわけですが、さきほどもいいましたようにパスはひとつではない。的確な動きをするために、ロボットではアクチュエータが必要です。
 私は未来のエネルギー源である核融合を開発するため、プラズマ計測の研究をしています。この核融合実験炉では世界最大のロボットが使われています。長さ20メートル、4.5トンもの重さがある多関節ブーム型ロボットを使って、先端に切断機器や溶接機器をつけて、実験炉の中で作業する。一方、東北大学の機械・知能系ではMEMS技術の研究もおこなわれています。世界最小レベルのロボットです。またダンスを踊るような、人と協調するロボットもあります。これらはすべてセンサ、サイエンス、アクチュエータの3要素が必要なのです。  工学の技術はこれらロボットとよく似ています。工学ではやはり状況の認識と構造の理解がまず大切ですね。そして解決策となる技術を見つけ、的確な開発をおこなう。パスは多様であり、技術はフィードバックを繰り返しながら進歩してゆく。エンジニアの世界も「しなやかな動き」で成り立っているといえます。


しなやかな視点


パリティマンガ

笹尾 サイエンスにおいて「しなやかな視点」が重要だということに関して、ひとりの女性の話をしたいと思います。
 サイエンスは自然構造の理解ですが、一例として素粒子のことをお話しましょう。1956年、「素粒子の相互作用において、空間反転に対して不変性が破れる解がある」ということを理論的に予想したのが、ツン・ダオ・リー(李政道)、チェン・ニン・ヤン(楊振寧)というふたりの男性の研究者でした。これは「パリティ対称性の破れ」と呼ばれていて、空間反転したとき、物理法則が同じにならない場合がある、ということです。もう少し具体的にいうと、空間反転したとき運動量のベクトルは反転するけれど、角運動量のベクトルは反転しない。前に進んでいるものは後ろに進むけれど、左回りのものはやはり左回りです。このような空間反転が起こったとき、素粒子に働く相互作用でパリティ対称性の保存が破れることがある、とふたりは予想したのですね。
 彼らは理論的にそうなると予測したのであって、実験で証明したわけではありません。しかし彼らの理論が出てすぐ翌年に、チェン・シン・ウー(呉健雄)という中国の女性研究者が、しなやかな視点を持った実験をおこないました。どのようにしなやかかというと、これは素粒子の相互作用の理論なんですが、素粒子の実験を直接おこなったのではなくて、彼女は原子核の崩壊を議論したのです。
 コバルト60という原子核の自転(スピン)の方向を、極低温まで冷却することによって揃えます。このコバルト60という原子核は、ある寿命を持ってニッケル60という別の原子核に崩壊しますが、そのとき電子を出します。コバルト60の原子核が左回りだったとき、もし空間反転に対して相互作用が同じだったら、コバルト60の原子核の自転の方向に出てくる電子と、空間反転して逆の方向に出てくる電子は同じ割合になるでしょう。そこで実際に出てくる電子の割合を調べてみると、バランスが崩れていたのです。つまり、原子核の崩壊に関係する相互作用(「弱い相互作用」と呼ばれる)において、空間反転に対する不変性が破れている、ということをウー女史は見つけたのです。
 ウー女史は直接の実験ではなくて、原子核の崩壊を使って調べました。ここに「しなやかな視点」があります。この実験があったためにリーとヤンの予想は実証され、ふたりはノーベル賞を受賞しました。ところがウー女史は受賞できませんでした。私がアメリカにいたころ、たまたま女史と共同実験している教授のもとにおりましたので、紹介してもらってお目にかかり、半日いっしょに実験させていただいたことがあります。その教授も、ウー女史も、ノーベル賞に値する仕事をされましたが、残念ながらおふたりとも亡くなってしまわれました。

静止軌道と極軌道の違い。スプライト観測衛星は極軌道の宇宙から観測する。静止軌道からだと地球の一点だけを24時間観測できるが、極軌道をまわるスプライト観測衛星は地球が自転しているので日本上空だけでなく地球をくまなく観測できるのだ。図
コバルト60の原子核は何年かかって少しずつ崩壊していく。崩壊に時には電 子が出る。
左回りに自転している原子核が回転軸に対して後方に電子を出すとすると、空 間反転された世界では 同様に左回りに自転している原子核が前方に電子を出すことになる。この物理 法則が空間反転に対称ならばどちらも同じ確率で起こるはずである。ウー博士 の実験でこのバランスが崩れていることが確認された。

しなやかな知性


  佐多先生
 
 

佐多教子 准教授
【さた のりこ】
機械・知能系男女共同参画推進委員の一人として 主に女子学生交流会の運営に携わる。今回のつどいでは講演会の司会の一部を担当。
同性に囲まれて過ごしている男子に比べ、少数派の女子学生が孤立せず、勉強・研究に打ち込める環境づくりをしたいと考えている。 2004年に出産し,大学の女性研究者支援事業のサポートを受けながら育児中。
燃料電池材料の高性能化を目指して研究を進めている。

1990
東北大学理学部卒業後、東北大学大学院 博士前期課程 理学研究科物理学専攻  入学

1992
東北大学大学院 博士前期課程を修了後、東京大学大学院 博士後期課程 理学 系研究科
物理学専攻 編入学

1995
東京大学大学院 博士後期課程 理学研究科 単位取得退学
東北大学科学計測研究所 助手、博士(理学)取得

1999
ドイツ マックスプランク固体研究所 客員研究員(〜2001)

2001
東北大学多元物質科学研究所 助手(配置換)

2002
東北大学大学院 工学研究科 助教授

2007
東北大学大学院 工学研究科 准教授

 



 

女性静養室

 サイエンスにおいていかに「しなやかな視点」が重要かという話をしましたが、次に工学の分野で必要とされるしなやかさについてお話をしましょう。
 工学の分野では、問題の正確な把握と理解、そして解へのアプローチ、開発、これを繰り返すことによって前進します。ただし解へのアプローチはひとつではなくて、いろいろなアプローチがあるということが大切。ここで「しなやかな知性」が必要とされるのです。
 しなやかな知性を発揮するには、自分の専門分野の周辺をどれだけ理解しているかが重要となります。それをたくさん理解しているほど、多様なアプローチを自分で思いつくことができます。

 もうひとりの女性研究者のお話をしましょう。私の専門とする核融合の分野で大きな貢献をした研究者で、以前フランス国立科学センター長をされていたマース・V・バカール(Marthe V. Bacal)博士です。去年、東北大学にいらっしゃって、ちょうどこの「こもれびカフェ」で写真を撮りました。

  佐多先生

  核融合について説明しておきましょう。核融合は、まず高温のプラズマ状態をつくり出して、そこで粒子を活発に運動させるところからはじまります。この状態をきちんと閉じ込めておくことで、粒子が互いに衝突して融合できる温度と密度が高い状態が保たれます。そうして核融合反応が起こります。
 ですから、核融合では高温のプラズマをつくるための加熱装置が必要ですし、プラズマを保つための磁石も必要です。高温にするひとつの方法として、加速した中性の粒子を放り込むやり方があります。
 水素の同位体である重水素と三重水素を高温のプラズマにすると核融合反応が起きるわけですが、この高温にする、つまり燃焼を開始させるところで、大電流の高エネルギービームが必要なんですね。加速したビームをプラズマの中に入射するんですが、ふつうの正(プラス)イオンのビームでは、プラズマを閉じ込めている磁力線の影響で中に入っていきません。ですから電荷を持たない中性の粒子でないといけない。ところが、加速すればするほど中性化は難しくなってしまう。
 そこで中性にするために、まず負(マイナス)イオンを電場で加速した後、負(マイナス)イオンの電子を抜き取るという方法があるのですね。そして中性の粒子にしてプラズマに放り込む。「中性粒子入射」(Neutral Beam Injection; NBI)加熱法と呼ばれていて、この方法を使えばとても効率よく核融合を起こすことができますから、核融合炉の小型化や、経済性への向上にもつながります。ただし、負イオンのビームをつくるためには、何十アンペアで1メガボルトという、ふつうの家庭で使われている一万倍くらいの電圧で加速しないといけません。1980年ころまでは、正イオンをアルカリ金属の中に通過させて負イオンを生成させるという力業でおこなわれていました。大量のアルカリ金属ガスを使いますから、消防署が立ち会って、消防士がそばにいないと実験できない。それくらいの大がかりのものだったのです。
 ここでしなやかな知性、他分野の幅広い知識を持っているひとりの女性研究者が現れました。そして、こんなことをしなくても負イオンはプラズマの中で直接つくることができますよ、といったのです。プラズマの中でつくるにはどうしたらいいか。分子を使うんですね。分子を温めると振動励起状態になります。振動してぱっと離れたときに、そこに電子が間にはいると、ふたつの分子が解離して電子を一個もらった負イオンができる。熱いプラズマで分子を振動させて、冷たいプラズマで負イオンをつくる。そういうような熱いプラズマと冷たいプラズマ、両方を持ったプラズマをつくれば負イオンができます。それを最初に発見したのがバカール女史でした。
 世界中のたくさんの研究者は、そんなのウソに決まっている、証明できるか、といいました。彼女はどうしたらそれを証明できるか考えて、そのための技術も開発しました。ちょうど私が知り合ったころは、世界中の人から強い批判にあっていた時期です。しかし彼女は負イオンが本当にプラズマの中にあることを見つけて、大電流の負イオン源のビームをつくることを自分で成功させました。いま世界中の人が協力して、入力エネルギーの10倍もの出力を取り出す核融合装置が建設されています。その建設が可能になり、核融合が可能になったのは、彼女の技術があったからです。いま世界中の大型核融合実験の加熱装置で、彼女の方式が採用されています。

プラズマ図
熱いプラズマの中では振動している水素分子が作られる。これが冷たいプラズ マへ流れて行った時、ふたつの原子間の距離が離れた瞬間に電子が入り込み、 その後原子の一つが電子を捕まえたまま解離して負イオンが作られる。

 最後に、皆さんへひとつの言葉を紹介しましょう。たまたま10日ほど前、日本原子力学会年会で、朝日新聞社の科学記者である高橋真理子さんにお会いしました。彼女もパリティ対称性破れの実験をしたウー女史に、亡くなる直前にお会いになったそうです。高橋さんがご講演の中でウー女史の言葉を紹介されていました。
 

呉女史(C. S. Wu)の言葉
 第一に、女性も男性も知的能力は同じ。
 第二に、科学はいろいろなアプローチがあって
 前進していくもの。科学自身にとって、
 男性とは違う視点を持った女性が必要である。

 この言葉を紹介して私の話を終わります。ぜひ女性だからこそ東北大学で感性と知性を磨き、それを最大限に働かせて、しなやかに工学の分野で活躍していただきたい、と思います。

佐多 貴重なお話をありがとうございました。私は先生に比べるとまだまだスタート地点におりますが、それでも子育てをしながら仕事をしていますと、今後も続けていこうというモチベーションがすごく大切だなと思います。昔は本当に大変な時代だったと思うんですね。いまは女性研究者を育てようと各省庁からの支援がある時代で、それに支えられて私は生きています。笹尾先生はこれまで目標にされてきたことや、モチベーションとして持ってこられたことはありましたでしょうか。

笹尾 答はただひとつ、好きだからやってきたのですね。どんなに辛くても、科学の世界は人を魅了するものがあります。いま思うと、世の中がどのように動いているのか知りたい、知的興味というものがありました。いま少し東北大学で皆さんと接したり、政府のいろいろな委員会に参加したりしていますと、ああ、世の中ってこんなふうに動いているんだ、ということが少し見えてくる。家庭で子育てをしているだけではわからない世界が見えてくる。そういう歓びがあって、女性の生き方の中にいろいろな選択肢があると思うので、皆さんも自分に正直であることが大切だと思います。やりたいことは少しずつ見つかってくるもの。女性だからということではなくて、ひとりの人間として知的興味を広げてゆくのがいちばんだと思いますね。

女性静養室


東北大学工学研究科・工学部ホームページ 東北大学ホームページへ