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挑戦者に、聞く【2】 無段変速機「ハーフトロイダルCVT」21年の挑戦

2006.5.26更新

 自動車産業に革命をもたらした、自動車の無段変速機「ハーフトロイダルCVT」。この技術開発に取り組んだ町田尚さんは、東北大学工学部を卒業後、日本精工株式会社に入社。現在は同社取締役代表執行役専務、そして技術開発本部長も務めている。町田さんに学生時代の思い出から、モノづくりへのこだわり、ハーフトロイダルCVTの開発成功までの軌跡を、瀬名秀明さんが聞く。

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日本精工株式会社藤沢技術開発センター

町田尚【まちだ・ひさし】 1947年、群馬県生まれ。東北大学工学部卒。工学博士。日本精工株式会社取締役代表執行役専務、技術開発本部長。FISITA論文賞受賞(1990年)、日本機械学会論文賞受賞(1993年)、自動車技術会技術開発賞受賞(2000年)、日本経済新聞社優秀作品最優秀賞を受賞(日産・出光・NSKの共同受賞/2001年)、日本機械学会賞受賞・日本機械学会フェロー(2001年)、経済産業省第1回ものづくり日本大賞優秀賞受賞「トロイダル型無段変速機構の開発」(2005年)など受賞多数。

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世界が成し遂げられなかった技術

瀬名 ハーフトロイダルCVTは、ギアを使わない自動車の変速機といっていいわけですね。

町田 そうです。従来のギア式自動変速機は、ギアを複雑に組み合わせながら変速させます。ギアの摩擦によって動力のロスが生じる。燃費にも影響します。これに対してハーフトロイダルCVTはギアを使わずに、円盤とローラで動力を伝えます。エンジン側と出力側の円盤のあいだのローラの傾きによってなめらかに変速します。変速がなめらかなので動力のロスもなく、燃費も改善します。

瀬名 ハーフトロイダルCVTの原理というのは、ぼくのような素人にとっても実はすごくわかりやすい。おそらく一般の人も、こういうふうにして変速をうまくやるんだっていわれれば、すぐにわかってくれると思います。けれども、これが大変だったわけですね。なにしろ21年もかかった。

町田 アイディアは20世紀初頭からあったんです。けれども、だれも実現できなかった技術だったんです。問題は摩擦です。金属と金属が接触しながら動力を伝えるとき、どうしても摩擦が生じます。動力を伝えるには摩擦が不可欠なわけですが、動力のロスの原因ともなる。あるいはパーツが削り取られて摩耗したり壊れたりする。日本精工はベアリング・メーカとして、この摩擦の問題に取り組み続けているわけですが、なかでも自動車の部品は摩擦との戦いなんです。特に変速機は研究者にとって大きな課題でした。ギアを使わずに円盤とローラで変速すればいいとわかっていても、摩擦によってうまくいかない。
 円盤とローラが摩擦のために破壊されてしまうんです。円盤とローラの材料である鉄の研究や、あるいは潤滑油の研究など、この問題を解決するのに21年かかったようなものです。

瀬名 摩擦が非常に大変だという問題も、おそらく素人でもすぐにわかる。非常にわかりやすいけれども非常に難しそうだとは、おそらく一瞬でわかる。けれども、もちろんどうやればその問題が解決するのかは見当もつきません。町田さんのような工学者は「これは粘り強くやればなんとかなりそうだ」とか「あの技術でなんとかなりそうだ」とわかるものなのですか。ハーフトロイダルCVTの研究開発には多くの人が挫折した。ところが、町田さんはそこで粘り強くできたわけですよね。その違いがなんなのかが、実は非常に不思議なんです。

町田 なんでしょうね。まあ、ラッキーでしたよ。99%まで論理を積み上げればできるといったタイプのものではなかった。逆に論理を追ってできる研究開発は簡単なんです。ハーフトロイダルCVTには既成の論理以上のものが必要でした。

瀬名 論理以上のものとはなんですか。

町田 ある意味でパッションといっていいかもしれません。パッションで問題をしっかり解いていくしかなかった。ただ、目標に向かって線が引けるか。道筋が、仮説が立てられるか。仮説が立てられないとだめだったでしょうね。仮説を立てる力というのは知識の積み上げではありません。逆にいうと、知識がありすぎると仮説が立てにくいんです。知らないがゆえに仮説が立てられる。そういうことってあると思います。

瀬名 なるほど、パッションですか。

町田 そうすると、人も動いてくれるんですよ。こちらの仮説に興味を持って、やってみようと思ってくれるわけです。ハーフトロイダルCVTといっても、例えば潤滑油なら出光興産さんとか、実際に自動車に搭載するとなったら日産自動車さんとか、さまざまなメーカの技術者や研究者の力が必要となる。その人たちに「世界ではじめての技術を作り上げるためのこのような仮説がある。この実現のためにあなたたちの知識がいるんだ」とわかってもらわなくてはならない。わかってくれたら、みんな参加してくれますよ。チャレンジすべきテーマとして、これ以上のものはないわけですからね。



限界を突破するおもしろさ

瀬名 なにか新しいものを作り上げようとしたとき、問題点はものすごくたくさんあります。ハーフトロイダルCVTもそうだったはずです。問題点をひとつずつ塗りつぶしていかれたんだと思うんですけれど、そのポイントを見つけるに至る切っ掛けとかはあったのでしょうか。

町田 ポイントを見つけるまで探すしかありませんよ。まあ、ただただ延々とやり続けるしかないんです。だから21年もかかった(笑)。「どうしてかな、どうしてかな」と疑問を持ち続けて、わからないところはその分野の専門家に聞く。根気はいりますよ。私は結構、気が短い人間なんです。それなのにどうしてこだわり続けられたのかというと、気が短いからこそ問題を解決しないで済ますことができない。疑問をそのままにしておけないから絶対に問題を解決しちゃう。それだけなんですよね。円盤が割れる、折れちゃう。どうして厚さ1センチもある鉄の円盤が割れるのか。どんどん追いかけていく。材料の専門家に聞くと不純物が原因だという。今度は徹底して不純物をなくしちゃうことを考える。そしてとうとう不純物を排除した世界最高純度の鉄を実現しました。この連続なんですよ、すべて。

瀬名 ひとつひとつの問題点をそうやってつぶしていったわけですね。

町田 ええ。例えば、鉄の応力の問題にぶち当たる。鉄の専門家は「鉄の応力には限界がある。鉄応力の限界値はいくつだから、そんなことは無理だ」という。だからといってあきらめたら技術が完成しない。そこで「その限界はどうしやって決められたんですか」と聞くと「だれそれの論文にこう書いてあって、常識となっている」なんていう。そこで終わりにすればそれ以上のものはないわけです。ぼくは「それじゃあ、その数値をクリアすればいいんだな」と考えるタイプなんですよ。
 わかりやすい例でいえば、鉄を焼き入れして硬くする「浸炭」技術があります。昔からある技術です。鉄を硬くするときの熱処理の一種ですね。だいたい900度とか1000度ぐらいに熱して、油で冷やして硬くするわけです。あまりやると硬くなりすぎて、割れたり壊れたりする。それを防止して、表面だけ硬くして中を柔らかくするという技術なんです。ところが、やってみるとあっさりボロボロと壊れてしまった。なぜかというと表面の硬さが足りなかった。もっともっと硬い浸炭をやらないといけない。ところが、今度は硬くしすぎると割れるわけですよ。もうちょっと、ちょうどいいところまで浸炭ができないだろうかと考えました。
 浸炭は通常だと表面からの深さが0・7ミリとか0・3ミリぐらいなんです。硬い層が非常に薄い。普通ならこれで充分なんですよ。それでも処理に3時間くらいかかる。ハーフトロイダルCVTの場合、私の計算では3ミリぐらいは必要でした。3ミリの浸炭なんて、常識はずれもいいところなんです。処理にだって48時間もかかる。そんなバカなことをやるヤツはいないわけです。「おまえなに考えてるんだ」とか、いろいろいわれました。なかなかやってくれる人がいなかったんだけど、東北大の先輩で熱処理の専門家が「やってやるよ」と試してくれたんです。
 すると、見事に寿命が10倍ぐらいグーンと伸びた。ここでひとつ壁を破った。こんなことをやっているうちに「なるほど、理論を突破するのにはこうすればいいんだ」と、自分なりのやり口をおぼえるわけです。どうやって壁を破ればいいのかってことですね。どんな問題が起きたときにも、この自分のロジックで詰めていく。「どうしてここが限界なのか。限界とされているのはなぜなのか」と突き詰めていく。その原因がわかったら、次はそこに挑戦してみればいいじゃないかというわけです。

瀬名 それはすごく納得できますね。

町田 とにかく「町田は変なことをやる」って、みんなにいわれました。私がいかに変なことをやったか、変なものを作ったかをまとめた若手研究者向けの研修会資料があるほどです(笑)。こんなこともありました。トランスミッションを自分で作らなければならない。鋳物で作るのは大変なんで自分たちで削っちゃおうってことになったんです。丸棒からトランスミッションを削り出しちゃったんです。アルミ総削りの形成ですね。アルミってものすごく高いのに、丸棒から9割も削った。協力してくれた工場の人に「町田さん、切り粉どうします」っていわれたので「いらないよ」っていったら、切り粉を売って、そのお金で一杯飲めた(笑)。あと、あるベアリングなんですが、当社のカタログで最高回転数が500回転と決められていたんですよ。それを1万回転にしたこともあります。

瀬名 500回転と1万回転では全然違いますね。

町田 技術役員が集まっている会議で「このベアリングは1万回転させなければいけない」と研究成果を発表したんです。「当社の規定では500回転と決まってるじゃないか。お前は非常識だ」といわれましたよ。今は楽勝で1万回転、いや、それ以上いけます。結局、限界を超えていくことが自分にとっておもしろいんですよ。

ハーフトロイダルCVT

【出力側が低速回転】

【出力側が高速回転】
《ローラの傾きを変えるだけで滑らかな変速が可能》
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