多細胞型分子ロボット製造のための新手法を開発

- 新しいソフトロボット構築への展開で医療や産業への貢献に期待 -

2023/03/28

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科ロボティクス専攻 准教授 野村 慎一郎
研究室ウェブサイト

発表のポイント

  • 人工的な多細胞体の自己組織化により全長数cmの分子ロボット注1を作るための新たな手法を開発しました。
  • 直径200 µm程度の液滴が自発的に隣接し、天然の多細胞組織に似た多区画構造を作り出す画期的な技術です。
  • 磁性ナノ粒子を含有させることで、外部から直接制御が可能です。
  • 人工的な分子デバイスや新しいソフトロボット注2構築への重要な技術です。

概要

生体内外で狙った働きをさせることにより病気の治療や診断に役立つ分子ロボットの研究が盛んに行われています。東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻のアーチャー・リチャード・ジェームズ特任研究員と野村慎一郎准教授らのグループは、人工的な多細胞体から分子ロボットを作るための新たな手法を開発しました。脂質をコーティングしたスポンジから直径200 µmほどのミクロな液滴注3をしぼり出し、その液滴が水面で次々と集合・連結することで、全長3 cmほどの天然の多細胞組織の形状に似た多区画構造注4を作る画期的な手法です。この手法では、実際の生体組織のように異なる区画を隣接させることも可能です。また磁性ナノ粒子を含有させることで、構造体を外部から磁場により制御することもできます。この人工多細胞体の製造技術は、人工的にデザインした分子を使い、手に取ることのできるサイズの多細胞型ソフトロボットを構築する基礎となります。

本研究成果は、3月28日に表面科学分野の専門誌Langmuirに掲載されました。


実際に形成された多細胞体構造

研究の背景

東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻のアーチャー・リチャード・ジェームズ特任研究員と野村慎一郎准教授らの研究グループは、金属や半導体シリコンではなく、分子を組み立てて操作するロボットを作る「分子ロボティクス」を専門としています。そのようなロボットを作るには、ボディ、センサ(感覚装置)、プロセッサ(計算機)、アクチュエータ(駆動装置)のすべてを分子間の相互作用に基づいて構成する新しい技術が必要です。研究グループはこれまでに、人工的にデザインしたDNAの回路やデバイス、タンパク質の酵素や分子モーター、そして私たちの細胞の膜を作っているのと同じ脂質分子を使って、人工細胞とも呼ばれる「細胞型の分子ロボット」を作る研究を進めてきました。しかし、これまで注目してきたのは個々に独立した単細胞型の構造であり、1種類の人工細胞に望みの機能すべてを導入することは困難で、またその製造にも観察にも専門的な装置と技術が必要で、収率も高くないという課題がありました。

今回の取り組み

あらゆる生物、そしてロボットの最も基本的な要素として、センサ・プロセッサ・アクチュエータを統合して保持する「身体(ボディ)」があります。細胞であれ、金属の筐体であれ、そのボディがあることによって、装置の構成に秩序を与え、保護し、現実世界での具体的な行動が可能になります。しかしボディの構造が微細で複雑になると、その製造工程は工学的には複雑になり、特に溶液環境ではサイズが小さくなるほど乱雑さが増し、各部品の正確な位置決めが困難になります。この問題に対するシンプルな解決策は、ユーザーが直接制御しなくても、自然に望ましい形状に整列する部品を使うことです。

今回開発したのは、リン脂質と合成界面活性剤を疎水性スポンジに塗布した材料を使った、簡単な自己組織化技術です。スポンジに水を含ませると、スポンジに塗布した脂質と界面活性剤とが親水性と疎水性のバランスによって自己組織化し、スポンジ内部に水を染み込ませます。このスポンジを油の中に入れると、スポンジから水が飛び出し、自然にミクロンサイズの脂質で安定化された液滴が形成されます。この液滴の集団をピペットで吸い出して水面に垂らすと、レンガを組み合わせて壁を作るように、より大きな平面的な巨視的構造体へと自発的に、素早く集合します。

この技術により、直径200 µmほどのミクロンサイズの液滴の集団から全長3 cmほどの構造が容易に形成できることが示されました。また、この形成手法は複数種類の液滴で行うことが可能で、異なる溶質を含む水で異なるスポンジを使い、異なる色素を使って異なるタイプの液滴を形成することで、液滴は互いに結合して不均質な構造を形成することができます。これにより、おもちゃのブロックのように様々なパーツを追加して組み合わせることで、複雑な形状を作ったり、機能を向上させたりすることが可能になります。今回行ったデモンストレーションでは、疎水化した磁性ナノ粒子を多区画構造の疎水性膜に加えることで、構造全体を外部の磁場によって誘導することができました。さらに、磁性を示す部位と示さない部位とを別の場所にもつ構造を作ることができ、機能の分離と同時に指向性を持たせることもできました。

今後の展開

研究グループは、この平面状の構造体の作製が容易であること、また、その区画内に液体を効率よく封入できることから、この材料を医療用パッチ(外用薬を制御放出するためのカスタマイズ可能な絆創膏)として応用することを検討しています。そして、より長期的な研究により、この合成「細胞」的なアプローチに基づく分子ロボットのアイデアを発展させていく予定です。具体的には、分子ロボットに「プログラム性」や「生命性」を与える方法について考えています。今回用いたのは、色素分子をカプセル化した液滴でしたが、ロボットとしての可能性を広げるためには、より複雑な化学物質や、センサ、プロセッサ、アクチュエーターとして機能する分子機械をカプセル化する必要があります。DNA、酵素、タンパク質は、その候補です。DNAをカプセル化すれば、各コンパートメントが情報のリポジトリとなり、内部で生産できるタンパク質をコード化したり、化学プロセッサとして機能させたりできるようになるでしょう。また、環境に敏感な化学物質やタンパク質を封入することで、分子ロボットが周囲の環境に反応するようになる可能性もあります。例えば、光に敏感な化学種を内包すれば、各区画を「画素」として使用する複眼的な分子カメラとして機能させることもできるでしょう。

さらに将来的には、金属や樹脂の成形ではなく分子の自己組織化で組み立てられ、シリコンチップやモーターではなく化学物質を利用する新世代のロボットに近づいていくでしょう。これらの構造が人間と機械の間のギャップを埋め、ロボットのイメージを再定義する第一歩になると、研究グループは考えています。


図1 (左)単細胞型分子ロボット(従来型)と(右)多細胞型分子ロボット(今回)のイメージ

図2 スポンジから抽出された液滴が自己組織化により多細胞体構造をつくる様子の模式図

図3 実際に形成された多細胞体構造(上)とその拡大図(下)

謝辞

本研究はJSPS科研費(JP20H05969、JP22K12239、JP22H05396、JP20H05701、JP20H05970、JP20H00619)の助成を受けたものです。

用語説明

(注1)分子ロボット

センサ(感覚装置)、プロセッサ(計算機)、アクチュエータ(駆動装置)などのロボットを構成するデバイスが分子レベルで設計されており、それらを一つに統合することで構成される分子のシステム。

(注2)ソフトロボット

柔らかい素材で作られたロボットで、自然界の生物に似た形態や動きを示し、人間や他の生物、環境への適応性の向上によって医療、災害救援、農業など幅広い分野で活躍が期待されている。

(注3)液滴

水溶液表面に脂質や界面活性剤などの両親媒性分子が配列し、膜を形成することで、空気や油や有機溶媒などの疎水性の環境中で維持される、主に球状の構造。水滴と油滴では膜分子の配列が逆転する。

(注4)多区画(マルチコンパートメント)構造

膜に包まれた微細な液滴(コンパートメント)が多数連結して区画化され、形成される巨視的な材料で、裸眼で見える大きさ(cmスケール)に生長する。

論文情報

タイトル: Scalable Synthesis of Planar Macroscopic Lipid-Based Multi-Compartment Structures
著者: Author: Richard J Archer*, Shogo Hamada, Ryo Shimizu, Shin-Ichiro M. Nomura*
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 ロボティクス専攻 准教授 野村慎一郎, 特任研究員 アーチャー・リチャード・ジェームズ
掲載誌: Langmuir
DOI: 10.1021/acs.langmuir.2c02859

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科 特任研究員 アーチャー・リチャード・ジェームズ
TEL:022-795-6911
E-mail:archer.richard.james.c8@tohoku.ac.jp
東北大学大学院工学研究科 准教授 野村 慎一郎
TEL:022-795-6910
E-mail:SMNomura@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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