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【TOHOKU University Researcher in Focus】Vol.024 手触りを測る

本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。

東北大学大学院医工学研究科/工学研究科  田中 真美 教授

大学院医工学研究科/工学研究科 田中 真美 (たなか まみ)教授

視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚という五感のうち、いちばん意識されていないのが触覚かもしれません。それ以外は、目、耳、舌、鼻という、いかにも感覚器官らしい部位で感知しています。それに対して触覚を担当している皮膚に感覚器官というイメージは希薄です。しかし実際には、皮膚は、触覚のほかにも圧覚、痛覚、温覚、冷覚という5つの感覚を受容する立派な感覚器官なのです。しかしこの多様性が、触覚をめぐる研究を難しくしています。田中さんは、触覚研究の奥の深さにあえて挑戦しています。

始まりはロボットアーム

田中さんが東北大学工学部に入学した平成元年時、1学年900人中、女子学生はわずか27人(3%)だったそうです(2023年度は8.8%)。工学部志望だった田中さんは、高校の進路指導で教師から、女生徒だから工学部ではなく医歯薬系に進んだほうがいいと言われたそうです。それでも工学部を選んだのは、ものづくりに関する工学に魅力を感じていたからでした。父親からも、好きな道を進めばいいと後押しされました。

もう一つ、当時の工学部は一括募集で、学科を決めるのは学部の二年次からだったことも進路選択の決め手になりました。間口が広い機械系の中から選んだのが、ロボットの研究でした。卒業研究ではロボットアーム、大学院修士課程の研究ではロボットフィンガーに取り組むことに。ロボットアームの研究では振動制御、そしてロボットフィンガーの研究では特に微小力センサの開発を同時進行で行うことになりました。

ロボットフィンガーで物をつかむには、物体の硬さや大きさを感知しなければなりません。この場合、対象物が信号を発することはありません。こちらから対象物へ接触することで対象物の特徴を感知するしかないわけです。さらに、能動型センサと呼ばれる人の指のようにフィンガーを動かして対象物を触るタイプのセンサの開発に興味を持ちました。これが、田中さんが手触り感を測るセンサづくリに手を染めることになったきっかけです。

触覚研究は奥が深い

触覚センサの開発を進める中で、田中さんの興味は触覚の仕組みへと広がりました。触感は、指の動かし方、指の柔らかさ、指先の湿り具合でも変わる可能性があります。それでも、ザラザラ、スベスベ、ツルツルなど、誰もが感じる手触りもあります。

触覚を神経生理学から捉える研究もありますが、田中さんの原点は工学部の機械系なので、触覚の個人差の問題においても、指の角質層の変形の度合いを測定することなどから個人差を測れないかと考えています。以前、視覚障がい者の方から、年をとるにつれて点字が読み取りにくくなったという話を聞いたことがあるそうです。それは、皮膚の硬さや力の入り具合が年と共に変わることと関係していることが考えられます。

田中さんは点字の読み取り装置の研究開発に携わっています。カメラを用いて書類などを一括の自動読み取りにすれば事は簡単ですが、田中さんのこだわりは、あくまでも日常生活でも利用ができるような指で点字をなぞりながらの読み取りでした。そこで開発したのが、左手でセンサを把持はじし右手の指で点字をなぞりながら、それを左手でセンサと追従して読み取るセンサでした。センサが点字の突起の位置を感知し、変換された出力電圧の変化によって解読させ、音声で出力させるという方式でした。もう15年ほど前の成果ですが、今は、点字センサを指輪型として点字を触ったときの指への振動からAIでの信号処理で可能になるだろうと新たな点字センサシステムの開発に取り組んでいます。

医療における診断技術が発達した現在でも重要なのが触診です。医師が手や指で患者の体に触り、患部の位置、形状、可動性などから診断に役立てる手法です。これには医師の経験、熟練度が大きくものをいいます。その「名人芸」を機械化できれば、自身によるホームヘルスケアや遠隔医療への応用につなげられます。前立腺の検診での使用を目標とした、しこりを検知するロボットフィンガタイプの触診センサの開発や乳がんのセルフチェック用の触診センサシステムの開発に取り組んでいます。

指先で物に触れたときに感じる触覚には、指先が感じる微小な振動が関係しています。たとえば物体の表面の粗さが異なれば、受ける刺激の周波数が異なります。そのようなことも関係して、錯覚現象の一つである錯触があります。たとえばプラスチックの表面につける凸凹を調整すると、まるで柔らかい革をなでているかのような手触りを感じさせることができるのです。ただしこのような錯触にも個人差があります。物体表面の「粗さ」を調節するために、目の粗さ(番手)が異なる紙やすりを転写した柔軟な対象物を用いて人の感覚の変化を調べながら、指先の特性、触り方、感度の違いなどを調べて触覚個人差の要因を明らかにし、個人差も考慮して標準化した触覚・触感を提供できることを目指しています。

研究は、ロボットアームから出発して触覚の謎にまで研究の幅が広がってきました。現在は、触覚を「知る」、「使う」、「つくる」を3本柱として、触覚のしくみの探求、触覚センサ装置の開発、触覚の設計や伝達を進めています。

ダイバーシティの推進

2022年度からは、男女共同参画担当副理事として、東北大学ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)推進センター長を務めています。(センターは、2023年7月1日に東北大学男女共同参画推進センターから名称を変更。)

田中さんが入学したとき、困ったことの1つが、女子トイレの少なさでした。教室を移動した際、初めて入る建物でトイレを探すのにはとても苦労したそうです。ちょうどバブル崩壊と重なった就職活動では、女性の採用枠はないと門前払いされたこともほろ苦い思い出です。結果的に研究室の助手に採用され、研究者人生の道が開かれたことは幸いでした。

田中さんの高校時代、女生徒だけが家庭科の授業を受けていました。そして当時はそれが当たり前のように感じていました。しかし、現在、東北大学が全学教育科目として開講している「暮らしのジェンダー学」「インクルージョン社会」の講義資料の準備として調べていく中で、中高における「技術・家庭」の実施要領は、男女同一と男女別の実施が二転三転の経緯をたどってきたことがわかりました。つまり女子は家庭科、男子は技術と別々の授業を受けていた世代と、男女同一科目の必修だった世代などが混在していたのです。田中さんは、高校で家庭科の授業を受けたのは女性生徒だけだった世代でした。

このようなことがあるので、DEIを推進するにあたっては、初等・中等教育でどういう教育を受けてきたかという世代の違いも配慮する必要があるかもしれません。幸い田中さんは、自身の出産と大学関係者向けのけやき保育園の開設や大学での子育て支援が始まったタイミングが合ったこともあり、仕事と子育てをなんとか両立させられてきました。それでもまだワークライフバランスの実現は、困難な部分が多く、可能な制度や支援を構築して、皆さんが研究や職務を継続していけるようにしたいと思っています。東北大学が昨年DEI推進宣言をしたことを受け、田中さんは、研究者としてだけでなく、DEI推進センター長として、すべての学生・教職員が存分に活躍できるキャンパスの実現になおいっそう貢献していきたいと思っています。

文責:広報室 特任教授(客員) 渡辺政隆

セルフチェック用のセンサシステム

セルフチェック用センサの出力の一例(赤い部分にしこりがある)

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問い合わせ先

東北大学総務企画部広報室
Email:koho*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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