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派遣研究者REPORT

DNAナノエンジニアリングの次なるステージ、
自ら思考し、行動する
ゲル型分子ロボットの開発へ、いざ。

コーネル大学(アメリカ合衆国 イサカ)
2012年7月15日~2012年9月15日(63日間)

研究の進展に不可欠なDNAハイドロゲルの作製スキル。
当該分野の第一人者の扉をたたく。

多くの人は「ロボット」と聞くと、人間に近い姿や機能を持つヒューマノイド型や、自動作業を行う産業用ロボット、最近人気の掃除用ロボットを思い浮かべるのではないでしょうか。こうした姿形の明快なものではなく、なにやらスライムのようにぬるぬるブヨブヨしたゼリー状の物質が、自律・自立的に動いたり、考えたりする…つまりセンサーによって環境から情報を得、自分で判断し、その結果に基づいて行動したり、計算したりする――そんな不思議なロボットが将来、お目見えするかもしれません。こうした(DNAナノエンジニアリングを進展させた)ゲル型分子ロボットの開発に挑むのが、浜田先生。今回の海外派遣は、その研究目標に近づくための大きな一歩でした。

「DNAは、生物の遺伝情報を担う物質ですが、これを材料として用いることで、いろいろな形状の分子を作り出すことができるのです。ごく簡単に説明すると、2本のDNA分子がらせん状にお互いからみつくことで、有名な二重らせん構造を構成しています。右巻きの二重らせんが回るコンピュータグラフィックスなどを、科学分野のニュース解説で目にされたこともあるかもしれませんね。この二重らせんを分岐させて、平行に並んだり十字やT字に分かれるようなかたちをつくり、それらを組み合わせることでさまざまな構造を作ることができます。らせんのどの部分を、どのように別のDNAとつなぐかで、無限の可能性があるのです。近年では、『DNAオリガミ』とよばれる長鎖DNAの折り畳み手法による2次元・3次元のナノ構造の作製などが急速に進歩していて、100ナノメートル以下(※1ナノメートルは、10億分の1メートル)の構造形状をほぼ自由に作製できる域に達しています」。自由に形状をデザインする基本的な原理が確立しつつあるとなれば、どんなものをつくるかという“設計”がカギとなってきますが、浜田先生はそうしたDNAナノテクノロジーの設計、特にDNAナノ構造やDNA論理回路の設計技術を専門としています。

「今回の海外派遣で受け入れてくださったDan Luo教授は、DNAハイドロゲルの発明や酵素による機能化など、当該分野を先導してきた第一人者です。DNAハイドロゲルとは、DNAの分岐モチーフを三次元ネットワーク上に組み合わせることで形成される構造のことで、Luo研究室は、これまでにさまざまなDNAハイドロゲルの作製に成功し、現在はこれらを利用した各種応用研究を強力に推進しています。このDNAハイドロゲルに、私のDNAナノテクノロジーの設計技術を融合させることで、モチーフ構造を自在に設計し、さらにそこにDNA計算を始めとした情報処理機構を持たせるなど、従来は実現できなかった『インテリジェントなゲル』の作製が視野に入ってきます」。それが冒頭のゲル状のロボットというわけです。「このようなこれまでにない情報処理を可能とするDNAゲルが実現することで、将来的には「考え・動く」ゲル型分子ロボット(センシングし、演算を行い,その出力をマクロな運動に変換するゲル)につながります。今回は、まずその手始めとしてDNA論理ゲートを内部に有する「計算するゲル」の実現に向け、Luo研究室のDNAゲル技術を習得するとともに、論理回路実装を目標に掲げました」。

海外派遣前、Dan Luo教授とは一面識もなかったという浜田先生。しかし、自身の研究を次のステージに進めるためには、ぜひともLuo教授の下でスキルを磨く必要がありました。そこで、直接コンタクトを取り、研究室に赴き、研究計画をプレゼンテーション。浜田先生が持つDNAナノ構造の設計技術に興味と関心を抱いたLuo教授は快諾してくださいました。なるほど、研究的互恵関係、というわけですね。行動あるところに、扉は開かれます。

(写真/図1)大学美術館からキャンパス中心部を望む。「コーネル大学は、アメリカ・ニューヨーク州のイサカという町にあります。ニューヨーク・シティから飛行機で1時間、もしくはバスで4時間ほど北上したところで、大都市というイメージはありません。アップステートニューヨークと総称されるこの地域一帯は、農業や畜産がおもな産業となっています。コーネル大学は古くから農学、畜産、獣医学部といった分野が盛んで、世界的に高い評価をされています」。

(写真/図2)Department of Biological and Environmental Engineeringの研究棟入口。「コーネル大学は設立者の遺志を反映させ、現在も研究に重きを置き、実学を重視する姿勢を貫いています。そのあたりは、実学尊重・研究第一主義を掲げる東北大学に似たものがありますね。建物の雰囲気も心なしか似ている気がします(笑)」。