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派遣研究者REPORT

構造物の健全性・信頼性を担保する
“材料”という存在。
耐食合金の応力腐食割れ(SCC)メカニズムの
謎を解く。

国立応用科学院リヨン校INSA-Lyon (フランス リヨン)
2012年3月10日~2012年5月11日(63日間)

縁の下の力持ち=材料。
その新しい可能性が、社会や産業界に与えるインパクトは無限大。

「私たちの研究では、軽水炉において使用されているNi基耐食合金のSCC(応力腐食割れ)問題を解決するため、耐SCC性に優れた合金開発の基礎的知見を得ることを目標としています。SCC感受性の有無を支配する重要な因子として“酸化皮膜”の特性に着目し、それらの関連を明らかにすると共に、割れに至るメカニズムを考察しています。具体的な研究方法としては、Cr含有量の異なるNi-Cr合金ならびにNi-Fe-Cr合金を用いた供試材を用いて、耐 SCC性を発揮する成分範囲を検討しました」。ここで興味深いのが、それぞれに異なる研究アプローチ。東北大学では高温高圧環境での割れ感受性の評価を行い、INSA-Lyonにおいては電気化学的手法による耐食性評価を行っています。「双方で得られた結果の解釈ならびに関連づけが今後の課題として挙げられ、これを達成するためには深い議論が必要とされます。派遣期間中は、これまでに得られた知見を総括し、共著論文の構成について吟味するとともに、今後の課題を明らかにしました。特に本研究の目的達成のために有効とされる、さまざまな酸化皮膜特性評価手法について検討を重ねてことは非常に有意義でした」。さらには、INSA-Lyonの研究者と共同で実験に取り組み、電気化学的手法を用いたスキルも磨きました。実り多き2か月間。盛りだくさんの研究計画をこなすには、夜を徹してということも珍しくなかったそうですが…。

「派遣先では、大半のスタッフ・学生は9時前後に研究室に来て、16時頃から帰宅し始め、19時にはほぼ全員が帰宅していました。遅くまで残って居ると『大丈夫か、何か問題があったのか、しっかり休めているのか』と心配されるほどでした。もちろん土日に研究室に来る教員・学生は皆無でしたね」。海外大学や研究機関におけるオン・オフの峻別は、当然耳に入っていましたが、聞きしに勝るものでした、と阿部先生。「日本では研究活動に関する〆切の直前では、徹夜になったり、休日も大学に来たりするケースが見られますが、フランス人にはちゃんと自己マネージ出来ていなかった結果、と見られる可能性があるかもしれませんね。もちろん東北大学の方がスタッフ・学生ともに、仕事の絶対量が多いのです。名誉のために付け加えておきましょう(笑)」。

「昨年、痛ましいトンネル天井板落下事故がありましたが、高度経済成長期に造られた道路・橋梁、建造物といったインフラ(公共施設)の経年劣化、老朽化が深刻な問題となっています。今後は、保全や維持管理に向けた取り組みが強化されていくことと思いますが、そうしたインフラの安全性を担保しているのは、とりもなおさず“材料の信頼性”です。加えて、材料を真に広く社会で“活かす”ためには、強くて丈夫で使い勝手が良い、施工がしやすいということに加えて、経済性も兼ね備えていなくてはなりません。そこに材料研究の真の難しさがあります」。「私たちの研究は、一言でいえば地味で地道な取り組み。時間と根気を要する実験の積み重ね、それもトライアンドエラーによって、少しずつ前進していきます。“ドッグイヤー”などとは無縁の領域です。しかし、例えば新材料や、劣化メカニズムに基づいた適切な保全活動が社会や産業界に与えるインパクトはとてつもなく大きいものがあります」。社会の根幹とつながる材料の可能性、それを拓くのは意欲とチャレンジ精神にあふれる研究者たちです。

(写真/図3)酸化皮膜特性とSCC感受性の関係ならびに影響パラメータ。高分解能の透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope; TEM)を用いたSCCき裂先端のナノスケール分析などによると、保護性が高い酸化皮膜が形成されるか(左)、あるいは拡散障壁として十分に機能せずに酸素侵入による内方酸化が進行するか(右)によって劣化速度が大きく異なることがわかっている。

(写真/図4)東北大学とINSA-Lyon間のダブルディグリー・プログラムを利用し、2012年11月から受け入れ先の博士課程の学生1名が渡辺研究室に在籍し、阿部先生と共に研究を行っている。高温高圧水中における酸化皮膜特性の評価、ならびに派遣先で行った電気化学計測で用いた試験片に形成された不働態皮膜の組成分析に取り組んでおり、継続的な研究の発展が期待されている。