Archive

派遣研究者REPORT

血管を摩擦する血流の力に着目。
力学的アプローチから、
動脈瘤の発生と発達の仕組みに迫る!

National University of Singapore シンガポール国立大学(シンガポール)
2012年10月24日~2012年12月30日(68日間)

日本とは大きく異なるスタイル。
研究室ごとの居室や実験室はなく、異分野の研究者が隣同士に。

東南アジアのほぼ中央、東京23区とほぼ同じ大きさの国土に518万人(2011年6月末)が暮らす、赤道直下の国・シンガポール。近年の経済発展目覚ましく、世界経済フォーラムの研究報告書(2011年)では、調査対象の144ヶ国中、スイスに次いで世界第2位の国際競争力を有しているとの評価を受けました。「日本と同様、資源に恵まれないシンガポールでは、知識基盤型国家をめざす国策が展開されています。今回私が滞在したシンガポール国立大学のMechanobiology Institute(以下MBI)は、国内で5つ認められた100億円規模の大型予算科学研究プログラム(Research Centre of Excellence)のひとつです。いわばシンガポールの科学立国を担う研究所であるわけですが、今、世界中から優秀な研究者がMBIに集まっており、静かな躍動感のようなものを感じました」と吉野先生。

“今後の共同研究を見据えた新実験系の立ち上げ”という重要なミッションを携えてシンガポールの地を踏んだ吉野先生。まずはご自身の研究内容について、お話しいただきましょう。「日本人の死因の上位にランキングされているものに、心筋梗塞などを含む心疾患(第2位)や脳血管疾患(第4位)があります(平成23年度、厚生労働省)。血管系の疾患のなかでも、動脈硬化症や脳動脈瘤、腹部大動脈瘤などは先進諸国においてその発症例が多く、多くの研究者がさまざまな見地から研究を行っています」。テレビや雑誌などでは、いわゆる“血液ドロドロ”と表現される高脂血症、高血圧、ストレス、肥満、喫煙などが引き金になり得ると警鐘が鳴らされているようですが…。「確かにメディアではそのように伝えられることが多いですね。しかし私たちは、動脈硬化や動脈瘤がしばしば発生する部位(好発部位)の血管内壁では、壁面せん断応力が発生していることに着目しました。つまり、血液が流れる際の摩擦が血管(内皮細胞)に影響を与えているのではないかと考えたわけです。そうした仮説の下に、血流の力が内皮細胞に与える影響を、タンパク質あるいは遺伝子レベルで解析し、動脈瘤の発生と発達のメカニズムについて力学的な観点から解明しようというのが、私の研究テーマです」。すでに動物実験においては、特定のタンパク質が血管新生※1や動脈瘤発生に関係していることを突き止めました。引き続き、MBIのLim教授の研究チームとともに、特定タンパク質の作用を細胞レベルで検証していくこととしており、今回の海外派遣はそれに向けた情報収集と議論、新実験系の検討・構築を行うことが主な目的でした。

所変われば…と例えの通り、日本とは異なる研究スタイルによって運営されていることに驚かされたという吉野先生。「まず日本ではおなじみの研究室ごとの居室や実験室というものがありません。仕切りのない広い2つのフロアに、20人強のPrincipal Investigator (PI:主任研究員)、60~70人の博士研究員およびテクニシャン、約60人の博士課程学生のデスクがあります。成績表などをつけなければならない立場にある先生は、さすがにパーティーションのあるスペースにおられますが、基本的には開放的な空間に、さまざまなバックグラウンドを持つ研究者や学生が“入り乱れている”わけです。日本では“大部屋”であっても、なんとか研究分野をまとめてレイアウトすることになるでしょうね」。吉野先生は、こうしたMBIの“秩序のなさ”に思わぬ効用があることを、すぐに知ることになるのでした。お話の続きは次のページで。

※1
血管新生:すでにある血管から新たな血管枝が分岐して、血管網をつくる現象。傷が治る過程で血管新生が生じることが知られているほか、慢性炎症や悪性腫瘍(がん)の進展においても重要な役割を担うことがわかっている。

(写真/図1)Lim教授のラボメンバーと。クリスマスパーティーにて。

(写真/図2)クリスマスパーティーでのプレゼント交換会の一コマ。左がLim教授。