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派遣研究者REPORT

血管を摩擦する血流の力に着目。
力学的アプローチから、
動脈瘤の発生と発達の仕組みに迫る!

National University of Singapore シンガポール国立大学(シンガポール)
2012年10月24日~2012年12月30日(68日間)

トライアルアンドエラー。
“わからないから面白い”、好奇心と探究心が先端研究を切り拓く原動力に。

「席の隣は、化学だったり、医学であったり、まったく異なる研究分野・領域をバックグラウンドとする研究者でした。MBIではディスカッションの機会に恵まれましたが、意見の相違は当たり前。しかし、私とは異なる視点や考えを基底とする研究者との議論は、非常に刺激的であり、風穴が空けられる思いがしたものです。今後、日本でも境界領域研究や異分野融合研究が盛んになっていくものと思われますが、それに向けた姿勢を学ぶには絶好の機会であったと思います」。元々シンガポールは多民族国家であり、文化の融合が発展の推進力になってきたという背景もあります。MBIでも異分野の衝突・融合が生む“化学反応”に期するところがあるのかもしれません、と吉野先生は分析します。一方で、過剰に“溶け合わせる”ことなく、自身のスタンスを保つことが大切であるとも語ります。「オープンな姿勢で、柔軟に意見を吸収しながらも、自身の背景(=専門)をしっかり認識する――つまり立ち位置を保持することも、独自性のある研究を進める上では大事になってきます」。

滞在中は、細胞の基質に対する牽引力や細胞遊走の速度、方向性の計測に用いるマイクロピラーの作製技術(マイクロ・ナノ加工技術)と利用方法をLim教授の研究室で学ぶとともに、Sawada准教授と協力し、流れ負荷実験系(写真/図4)を導入した吉野先生。早速、ヒト臍帯静脈内皮細胞の正常細胞と特定タンパク質の抑制作用を持つタンパク質をノックダウン(標的遺伝子の機能を大きく失わせること)させた細胞を用い、流れ負荷および遺伝子発現解析の予備実験を行いました。結果は、特定タンパク質の遺伝子発現レベルが、せん断応力に応答して変化している、というもので、今後の手ごたえを感じさせるに十分な成果でした。

「MBI滞在中にちょうどMechanobiology Conferenceが開催されましたが、そのほかにも各種ワークショップ、顕微鏡メーカーによるイメージングセミナー、Visiting Scientistセミナーが毎週のように開催されて、情報収集の機会には事欠きませんでした」。そして吉野先生ご自身も講師として、Visiting Scientistセミナーに登壇。中規模のセミナー室が満席になるほどの盛況ぶりでした。「研究テーマに対して、多様な視座からの意見やアドバイスをいただけたのは非常に有意義でした。また私たちの研究室では低温プラズマを利用した殺菌や治療法に取り組んでいるのですが、それらにも興味が寄せられ、共同研究の申し出もありました。今後はMBIとのネットワークを強化していくことで、学生を含めた研究交流を展開していくことも考えられます」。帰国後は、自身の体験を伝えるべく、学生さんを対象とした派遣報告会を開催したという吉野先生。「日本を飛び出して、見聞を広げながら、研究することに高い関心を示してくれました。昨今の若者は“内向き”といわれますが、身近なロールモデルの存在によって、その傾向は変わってくるのではないでしょうか。私なりの経験知を伝えていきたいですね」。

 

未踏の地をめざす最先端研究は、試行錯誤の連続です。「私の場合“なかなか結果が出ないから辛い”ではなく“わからないから面白い”、つまり、うまくいかないことを楽しめる性格なのです。ある意味、研究者向きと言えるかもしれませんね(笑)」。わからないから面白い――旺盛な好奇心と探究心が、研究の最前線を切り拓いていきます。

(写真/図3)MBIの実験室内。一人に1ベンチが与えられるが、隣はまったく違う研究室のメンバーであることが多い。

(写真/図4)流れ負荷実験系の概略図。培養液をかん流させるローラポンプ、ポンプの拍動を除去するダンピングフラスコ、培養液pH調整用のリザーバーフラスコとCO2ガス調節器、培養液温度調整用の恒温槽、流路形成およびせん断応力発生用のフローチャンバーで構成される。