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派遣研究者REPORT

医療現場での実用化を視野に、
自然で滑らか、臨時感あふれる
脳外科手術シミュレータの開発に挑む。

カーネギーメロン大学(アメリカ合衆国 ピッツバーグ)
2012年10月29日~2012年12月28日(61日間)

研究室への派遣受け入れを直接電子メールで要請。
研究内容は“動画”でアピール。

研究成果を編み上げた「論文」は、publish(発表)されることでpublic(公共)な知識となり、やがては直接的・間接的に社会に還元されていくという側面を持っています。特に工学分野においては、“開かれた知見・英知”が社会・暮らしの利益となる事物や、安全で快適な環境を構築する原動力となってきました。一方で、学術論文が、研究者たちを有機的につなげる役割を果たすこともあります。辻田先生と今回の海外派遣先であるカーネギーメロン大学(以下CMU)ロボティクス研究所のHollis教授をつなげたのも論文でした。「Hollis教授が著された雑誌論文を読んで、ぜひ一緒に研究をさせていただきたいと思っていました。しかし面識はありませんでしたし、仲を取り持ってくれる人物もいなかったのです。これは直球勝負しかない、と(笑)」。辻田先生は直接、電子メールでコンタクトを取ります。「履歴書と研究業績を送りましたが、おそらくHollis教授の元には世界中から同様のオファーが寄せられているはずです。競合する研究者のなかに埋没してしまわないよう、研究内容を“動画”にして差別化を図りました」。間もなくHollis教授からはもっと詳しい話が聞きたいという返事がきます。「幸いにも私の研究に興味を持ってくださったようでした。動画アピールがどこまで奏功したのかはわかりませんが、伝えたいと願ったことが相手に届いたようでうれしかったですね」。

ここから辻田先生が取り組む「バーチャルリアリティ技術を利用した脳外科手術シミュレータ」についてお話しいただきましょう。「近年の医療現場では、医療技術の発展に伴って医師に要求される技量が高度化しています。そこでトレーニングや術前計画に利用できるような、実際の組織の“手応え”を有する手術シミュレータの導入が求められています。このツールは、インフォームドコンセント※1にも利用することができます」。「特に脳神経外科においては、病変部を露出、剥離、切除する過程で、『脳べら』と呼ばれる手術器具を用いて、組織をかき分けたり圧迫したりしながら進められることが多いのですが、脳は一度損傷を受けると回復しないので、非常に繊細な手術手技が求められます。トレーニングに用いるシミュレータでは、手術器具を介した脳組織の微小な手応え(反力情報)が非常に重要になってきます」。辻田先生のグループでは、東北大学医学部の臨床医の評価を受けながら、力触覚提示装置を持った脳外科手術シミュレータを開発しています(写真/図1)。

一方、派遣先のHollis教授の研究室では、磁気浮上型ハプティックインターフェース「Maglev200」を開発しています(写真/図2)。「利用者が取っ手を握ると、計算機の指令に基づいてアクチュエータが動き、力覚(Haptic)を伝えます。Maglev 200の特徴は、摩擦やガタがなく,微小な力も精度よく提示可能となっている点です」。ここからが今回の海外派遣の目的です。「このハプティックインターフェースを、私たちの研究室で開発中の脳外科手術シミュレーションソフトウエアと接続して、シミュレータの要諦である“反力情報”が提示できるかどうかの実験を行うこととしました」。Hollis教授と辻田先生の協働は、ハードとソフトの融合につながっていきます。

※1
インフォームドコンセント:医療行為が行われる際、医療従事者から病状や治療・手術方針、期待される効果や副作用、費用などについて十分かつ正確な説明を受け、患者がそれらを理解・納得した上で自らの自由意思に基づいて、合意すること(合意しないことも含まれる)。

(写真/図1)ディスプレイ上のCGにある銀の棒状のものが「脳べら」。手元の制御コントローラを使って、脳組織をかき分ける手技を模擬できる。

(写真/図2)Hollis教授が開発した「Maglev200」。夫人と共に立ち上げたベンチャー企業Butterfly Hapticsを通じて販売されている。