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派遣研究者REPORT

数値流体力学と化学工学との
分野融合研究で、
未だ明らかにされない
“超臨界流体”の複雑な振る舞いに迫る!

ノッティンガム大学(イギリス ノッティンガム)
2012年6月25日~2012年9月6日(74日間)

材料開発やクリーンな化学技術に向けて大きな可能性をもつ超臨界流体。
カギは流動の解析。

「私は今春、博士号を授与され、4月から助教の職に就きました。もちろんこれまで取り組んできた研究に等身大の自負を抱いていますが、では“一人前の研究者/教育者か”と問われると、謙遜ということを差し引いても、その答えに逡巡してしまう自分がいます。しかし、今回滞在したノッティンガム大学ではDoctorを取得しているということは、もはや“一家を成している”と敬意を払われるとともに、自身の研究内容とビジョンを明確に語ることを求められます。そうした期待値は、研究者であることの自覚を大いに刺激してくれましたし、また同時にプレッシャーにもなりました」。

古澤先生が取り組むのは、超臨界流体の数値解析手法の開発。少し詳しくご説明いただきましょう。
「流体を臨界点※1以上の温度・圧力にすると超臨界流体と呼ばれる状態になります。これは液体と気体の中間ぐらいの性質を示す、非常に興味深いものです。超臨界はすでに一部で実用されており、身近な例を挙げれば、エコキュート(自然冷媒ヒートポンプ式電気給湯器)の冷媒(ごく簡単に言えば、熱の運び役)に使われるCO2の超臨界圧状態があります。冷媒といえばフロンなどがよく知られていますが、環境負荷が大きいということで、現在、その使用には厳しい制限がかけられています。その点、CO2は自然界に存在するものであり、まさにグリーン・ケミストリー※2を実現しています」。持続成長可能な化学技術にアプローチする優れた超臨界流体ですが、一般に高温高圧条件となるので、実験による評価が難しいという側面があります。そのためこれまで流動の様子はほとんど明らかにされておらず、例えば実験において条件を設定する際も、経験に基づいて行われているのだといいます。

「そこで実験ではなく計算、すなわち『数値解析』による流動の解明が期待されていますが、超臨界流体は臨界点近くで、密度や粘りといった値が大きく変化するので、既存の方法では解が進展せず、行き詰まった状態になります。超臨界流体は、複雑な振る舞いをする手ごわい相手、というわけです」。古澤先生はこれまでさまざまな条件下での超臨界流体流動の解析を行い、臨界点近くの流れは、気体や液体の流れとは全く異なることを示してきました。そして現在は、東北大学の化学工学グループとの共同研究を通じて、超臨界水を用いた連続水熱合成の反応器内部流動の解明等を目指しています。この連続水熱合成反応では、金属塩水溶液と超臨界水を混合させることで、急激に温度が上昇し、化学反応や粒子の析出が促され、均質で微小な酸化金属粒子を得ることができます。これにより革新的なハイブリッド機能性材料の創製が可能で、反応器内の流動解明が前進することによって、高機能なハイブリッド材料実現のためのナノ粒子を製造する手法の確立につながっていきます。

「渡航先であるノッティンガム大学のLester 教授、Poliakoff 教授とは、これまで私が学内共同研究を続けてきたWPI-AIMR※3の阿尻教授からのご紹介でご縁ができました。メール一本で快く受け入れてくださったのは幸いでした。両教授は、超臨界水を用いた連続水熱合成反応の研究分野において、実験を通じた反応器の設計や提案に取り組んでおられます。今回は、先方が手掛ける対向流型の反応器内部の超臨界流体流動の数値解析を行い、Lester 教授や研究員との議論を通じて流体力学および化学工学の両面から反応器内部流動の諸問題を解決することを目標に掲げました」。数値流体力学と化学工学との分野融合研究の始まりです。

※1
物質の気相-液相間の相転移、つまり液体と蒸気との共存状態がなくなって連続的に変化するようになる点。そのときの温度を臨界温度 Tc、圧力を臨界圧力 Pc、体積を臨界体積 Vc、密度を臨界密度 ρcという。ちなみに水の臨界温度は647K(374℃)、臨界圧力は22.064MPa(218気圧)である。
※2
従来の高効率、低コストを優先する傾向のあった化学技術に対して、汚染物質を排出することなく有用な化学製品を作り、環境に優しい化学を創造する考え方のこと。廃棄物はできるだけ出さない、原料をなるべく無駄にしない合成をする、人体と環境に害の少ない反応物・生成物にする、毒性のなるべく低い物質を作るといった方針が提唱されている。
※3
東北大学に設置されている原子分子材料科学高等研究機構。文部科学省の「世界トップレベル国際研究拠点形成促進プログラム(WPIプログラム)」による研究拠点のひとつとして採択され、2007年10月に発足した。

(写真/図1)豊かな木々や緑に縁どられるノッティンガム大学キャンパス内の様子。イギリス国内でもっとも美しいキャンパスのひとつと称される。

(写真/図2)ノッティンガム大学の工学部研究棟。最上階にある研究室の一角に、机を置かせてもらったという古澤先生。総合大学であるノッティンガム大学は、イギリス国内の大学評価で常時10位以内にランキングされており、Times世界大学ランキング(2008年)では100位以内に入った。入学時の競争率の高さで知られる。