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派遣研究者REPORT

環境・エネルギー問題の解決に
大きな期待「固体酸化物形燃料電池」。
機能性向上、用途拡大。
次世代型の基盤をなす技術に挑む。

カリフォルニア州立大学デービス校 化学工学・材料科学専攻
(アメリカ合衆国 カリフォルニア州デービス市)
2010年10月16日~同12月19日(65日間)

合成技術の習得と、粒界抵抗に関する共同研究。
課題を両手に抱えて米西海岸へ。

「燃料電池」をご存知でしょうか。テレビCMや新聞などで見聞きしたことがあるという方もいらっしゃるかもしれませんね。燃料電池は、水素と酸素が結合する化学エネルギーを電気エネルギーとして取り出す発電装置。中学の理科で学習した「水の電気分解」の正反対の化学反応です。燃料電池の特徴としては「電気を使用する場所で発電させるので送電ロスが少ない」「エネルギーの変換効率が高く、CO2排出量を抑制することができる」といったものが挙げられます。さらに燃料電池の種類によっては、発電時に発生する熱を利用してお湯がつくれるため、給湯や温水式床暖房などにも利用することが可能です。このように1つのエネルギーから同時に2つ以上のエネルギーを取り出せるシステムをコージェネレーションといいます。燃料電池は、今、私たちが抱える環境問題やエネルギー問題を解決に導くクリーンな発電システムとして期待されており、すでに商品として実用化されたものもあります。

低コストで長寿命、高出力で信頼性の高い燃料電池の開発を目指して、多くの研究者がしのぎを削るなか、日本における固体酸化物形燃料電池(Solid Oxide Fuel Cell:以下SOFC)※1の技術は世界でもトップクラスにあります。「エネルギー変換工学,無機材料工学を専門とする私たちの研究室では、新規プロトン導電性固体イオニクス材料を用いた中低温作動SOFCの開発や、MEMS※2技術によってSOFCを小型化し、低温作動を可能としたマイクロSOFCの開発を行っています」と話すのは井口先生。今回の滞在先となったSangthe Kim教授の研究室は、SOFCに用いられる固体イオニクス材料や電子導電性セラミックスである酸化亜鉛(ZnO)などのナノ結晶、ナノワイヤの合成、その電気的特性評価が専門。「共に固体イオニクス※3を研究基盤とするKim教授とは学会などを通じて交流があります。彼らの研究室は、私たちが未だ確立していないナノ結晶、ナノワイヤといったナノ構造の自己組織的合成技術に長けています。その技術を自分の目で確かめて、習得し、私たちの研究に活かしたいと考えました」。一方、近年固体イオニクスの分野では、プロトン伝導性固体イオニクス材料が示す大きな粒界抵抗が、中低温作動SOFCの実用化に向けた障壁として立ちはだかっています。「私たちとKim研究室は、それぞれ異なるアプローチからこの粒界抵抗の要因解明に取り組んできましたが、この機会を利用して共同研究を行い、開発の相乗的な促進を図りたいと考えたのです」。2つの研究目的・課題を抱え、井口先生はカリフォルニアを目指しました。

※1
燃料電池は使用する電解質の種類によって、以下の4つの方式に大きく分けられる。すなわち固体酸化物形 (SOFC)、 溶融炭酸塩形(MCFC)、リン酸形 (PAFC)、固体高分子形 (PEFC)である。中でもSOFCは他のタイプと比べて高効率、低コスト、白金触媒が不要、さらには都市ガスも利用可能で、家庭用などの小規模ユニットから発電所などの大規模用途まで幅広く対応できるという特徴を有している。
※2
Micro Electro Mechanical Systems:メムス。微小電気機械素子およびその創製技術。機械要素部品、センサー、アクチュエータ、電子回路などをひとつのシリコン基板、ガラス基板、有機材料などの上に集積化したデバイスを指す。「マイクロマシン」(micromachine)ともいわれる。
※3
固体の中を高速でイオンが拡散する現象と物質について探究する学問領域。

(写真/図1)カリフォルニア州立大学デービス校は1905年設置。通称は UC Davis。約21平方キロメートル(約6500坪)に及ぶメインキャンパスのほか、保護林群など研究用の土地も保有しており、飛行場や消防署も設備されている。

(写真/図2) 実験用の試料を交換する井口助教。粒界抵抗を評価するための導電率測定を行っている。