Archive

派遣研究者REPORT

国際協力の下、
研究が推進される核融合エネルギー。
研究者たちの知見の融合が、
巨大科学の扉をひらく。

Plasma Science and Fusion Center,
Massachusetts Institute of Technology
(アメリカ合衆国 ケンブリッジ市)
2011年2月27日 ~2011年5月6日(69日間)

論文が結んだ研究の紐帯を、海外派遣でさらに確かなものに。

「今回の派遣は、5年越しの約束が果たされたものです」。伊藤先生へのインタビューは、本プログラムへの感謝の言葉とともに始まりました。“5年がかり”の経緯をご紹介する前に、伊藤先生が取り組む『核融合炉における高温超伝導マグネット』について簡単にご説明しましょう。

将来のエネルギー源として大きな期待を集めているものに核融合エネルギーがあります。核融合エネルギーは、水素やヘリウムなどによる核融合反応※1によって生み出されるエネルギーで、例えば太陽などの恒星は、この核融合反応によって自ら輝きを放っています。核融合反応を利用してエネルギーを取り出す核融合炉※2が「地上の太陽」と呼ばれるゆえんです。現在、日本を始めとする世界各国の国際協力の下※3、核融合炉の研究が推進されています。

核融合にはいくつかの反応があります。現在、核融合炉への実用に最も近いとされているのが、水素の同位体である重水素(D)と三重水素(T:トリチウム)、それぞれの原子核を融合させるDT反応※4です。DT反応を起こすためには、まず重水素と三重水素を1億度以上のプラズマ状態にする必要がありますが、現在の技術では、高温プラズマ状態を閉じ込める材料は存在しません。そこで磁力線のカゴでプラズマを保持し、そのなかで核融合反応を起こす「磁場閉じ込め型核融合炉」が開発されました。

ここからは伊藤先生が担う研究分野です。「プラズマを閉じ込めるための磁場を生み出すマグネット(コイル)は、常に運転させなければなりませんが、銅などを材料とした常伝導マグネットを用いると、核融合エネルギーを利用して取り出せる電力よりもコイルに使う消費電力のほうが大きくなってしまい、発電炉として成立しなくなってしまいます。そこで電気抵抗がゼロとなる超伝導体を利用して、電力損失をできるだけ少なくする方法がとられます」。核融合炉が商業用発電プラントとして高い経済性を得るための前提条件として、建設ならびに運用コスト削減が挙げられます。「巨大かつ複雑形状となる核融合炉の超伝導マグネットは、全体のコストを圧迫するほど非常に高価なものとなってしまいます。さらには一度組み立ててしまうと取り外しやメンテナンスが容易には出来ないというデメリットがあります。これらすべての課題にアプローチする方法として、当研究室では着脱可能な分割型高温超伝導マグネット(写真/図1)の開発に取り組んでいます。例えば物理的な優位性(原理的に定常運転が可能)を持つヘリカル炉は、巨大かつ複雑形状のコイルを有するために工学的課題が多いとされていますが、分割型高温超伝導マグネットはその課題を解決するひとつの手段として考えることができます」。

今回の渡航先となったMITのPlasma Science and Fusion Centerでも時を同じくして、分割型高温超伝導マグネットのコンセプト(展開する核融合炉の種類は異なる:トカマク炉)を提案していました。「2006年、私の論文を目にされたDr. Brombergからeメールでコンタクトがありました。その後、アルバカーキ(米国)で開催された国際会議で初めてお会いすることが叶いましたが、今後議論を深めるためにもMITで実験研究をしてはどうだろうというお話があったのです」。そうして5年を経、やっとチャンスが巡ってきました。「研究への新しい視座やアイデアを養うという意味では、つながりが薄い研究室や研究機関へ飛び込むことも一案だと思いますが、今回は期間が2ヶ月と短いこと、そしてやはり5年前からの懸案を果たしたいということもあり、Dr. Brombergの研究室でお世話になることになりました」。伊藤先生にとって初めての海外派遣の始まりです。

※1
水素のような軽い原子核が十分近づくと,原子核の間に働く引力(核力)が静電的な反発力(クーロン力)に打ち勝ってひとつに融合し、新しい原子核が生まれることがある。これを核融合反応という。
※2
重い元素であるウランやプルトニウムの原子核分裂反応を利用してエネルギーを取り出す核分裂炉(現在の商業用原子力発電がこのタイプ)とは異なる。
※3
現在、フランスのカダラッシュに国際協力熱核融合実験炉ITER(イーター)が建設中。日本・欧州連合(EU)・ロシア・米国・韓国・中国・インドの7極が参加している。
※4
D + T → 4He (3.52MeV) + n (14.06MeV) + 17.58MeV

(写真/図1)分割型マグネットの概念図
超伝導マグネットを分割しダウンサイジングすることで、巨大な熱処理炉は不要となり、製造コストが削減できる。またパーツを組み立てることで複雑形状にも対応できるうえ、メンテナンス時の修繕・交換も容易となる。

(写真/図2) MITのPlasma Science and Fusion Center が所有する実験装置Alcator C-modの前でDr. Bromberg (右)と。