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派遣研究者REPORT

ナノの世界を測る!
誰が、どんな環境で使用しても、
正確性が担保される精密計測技術の確立を。

Physikalisch-Technische Bundesanstalt
(ドイツ ブラウンシュバイク)
2012年3月12 日~2012年9月10日(182日間)

たとえばナノメートルスケールの微小・微細な構造物の計測。
暗黙知に支えられている技術を形式知にする試み。

「高校までの学びの多くは、解答が用意されたものであると思います。しかし、ほとんどの“研究”には(その時点での)正解がないというのが前提であり、試行錯誤の末に最適解を見出す、あるいは与えていくという取り組みであるといえます。真理を探究する者として、研究が好き、であることは“必要”条件ですが、“十分”ではないように感じています。努力と苦労を重ねてもなお実を結ばないつらい時間(これがほとんどかもしれませんね、笑)を耐えるタフさや、未踏の領域に信念を持って挑戦していく勇気や情熱、倦まずたゆまず前進する姿勢が必要なのではないかと。もちろん闇雲に最前線を突っ走るのではなく、時代や社会の要請・時流を視野に置くバランス感覚も備えなければならないでしょう。」――インタビュー早々に発した、研究者に必要な資質・能力とは? という質問に丁寧にお答えくださった伊東先生。特に工学は、公共の安全や利便性、快適な環境の構築を課せられる学問ですから、人間・社会へのまなざしは大切だと思います、と語ります。

伊東先生のご専門はごく簡単に表現すれば「ナノの世界の計測」。少し詳しくご説明いただきましょう。「近年、MEMS(Micro Electro Mechanical Systemsメムス:微小電気機械素子)といったメカトロニクス技術(機械装置に電子工学を融合した技術)が急速に進展しています。どんな微細な構造物にも設計図があります。きちんとプラン通りに正確に作られているのかを、ナノメートルスケールで計測・観察する技術が重要になってきます。一方、精密計測において、操作する人の技量や、環境(温度・湿度・振動)によって、値が変化するようでは科学的であるとはいえません。誰が、どんな環境で測っても、正確性が担保されるような精密計測機器が待ち望まれています」。これまでは経験やコツ・勘といった“暗黙知”によって支えられていた精密計測を、誰もが共有できる“形式知”にしていきたいという伊東先生。

「走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope:以下SPM)は、ナノメートルスケールの先端を有する探針(プローブ)を用いて物質の表面を走査することで、表面の形状や物性分布をナノメートルオーダーで測定する顕微鏡の総称です。一方、SPMの一種である原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope:以下AFM)は、原子スケールの高い分解能を有し、真空中・大気中・溶液中など多様な環境下で動作可能であることから、応用範囲のさらなる拡大が期待されています。しかし、AFMでの計測ではプローブ先端の形状や曲率半径などの影響により、計測可能な表面が制限されることがあります(写真/図1)」。
 「今回の渡航先であるPhysikalisch-Technische Bundesanstalt(以下PTB)は、ドイツにおける法定計量の連邦機関にして国立研究機関であり、国内だけではなく、欧州を始め多くの国や地域における計量基準を管理しています。ここではAFMを用いたフォトマスク※1の校正に関する研究が行われています。フォトマスク計測ではパターンの分布や高さ(厚み)だけでなく、特殊なプローブを用いたパターン側面の形状計測も試みられており、これらの手法はマイクロ/ナノメートルスケールの微細デバイスや半導体製造プロセスなどにおいても極めて効果的であると考えられます。しかし、プローブの安定性や測定の再現性が難しいという課題があります。本派遣では、PTBにおけるフォトマスク計測用AFMの開発と測定再現性の向上に携わり、新たな知見を得ることを目的としました」。

※1
ガラス乾板。高精細のフォトマスクはレチクルとも呼ばれる。光を透過するガラス基板と遮光する金属薄膜によって構成されている。金属薄膜には電子回路などのデバイスパターンが描画されており、フォトマスクのパターンを基板上に縮小投影することによって微細な電子デバイスが作製される。半導体製造プロセスにおいて、デバイスの品質や歩留まりはフォトマスクの精度に依存し、フォトマスクの精密計測は半導体の品質向上や製造効率の改善において重要な意味を持つ。近年では半導体デバイスの線幅は数10ナノメートル程度にまで微細化し、フォトマスク・パターンの微細化や高密度化もますます進展している。

(写真/図1)(a)に示されるように、AFMプローブは表面の起伏が小さい試料の走査においては、試料の表面形状に追従して計測を行うことが可能である。しかし(b)に示されるような起伏が大きい試料の計測では、溝部分を正確に計測することが困難であることが知られており、それが研究開発上の大きな課題となっている。

(写真/図2)Physikalisch-Technische Bundesanstalt(PTB)にある建物には、現代物理学の父・アルベルト・アインシュタイン、「オームの法則」で知られるジョージ・サイモン・オーム(写真)、ブンゼン・バーナーにその名を残すローベルト・ブンゼンなどの名が冠されている。