Archive

派遣研究者REPORT

ナノの世界を測る!
誰が、どんな環境で使用しても、
正確性が担保される精密計測技術の確立を。

Physikalisch-Technische Bundesanstalt
(ドイツ ブラウンシュバイク)
2012年3月12 日~2012年9月10日(182日間)

多様な働き方が受容されている社会、
自己責任を背景とした柔軟で自由なワーキングスタイルに感服。

「PTBは10のDivision(部門)から構成されており、各部門がそれぞれの管轄する法定計量の校正とトレーサビリティ※2のサービス、計測精度の向上のための研究に取り組んでいます。私が所属したワーキング・グループ5.22(写真/図3)は、Department 5.2(Division 5: Precision EngineeringのDimensional Metrology分野)に属し、半導体製造に用いられるフォトマスクの計測および校正に関する研究に従事しています。私はワーキング・グループリーダーのDai博士の指導の下、フォトマスク計測に用いるAFMの設計開発に携わりました」。これから説明する内容のキーワードは、摩耗と交換です。少し難しくなりますが、お付き合いください。

 「フォトマスクの機能評価は、ガラス基板上に作製された金属薄膜の分布や厚さ、パターンの形状精度、側壁部分およびエッジ部分の形状精度などのパラメータ(Critical Dimension:以下CD)によって決定されます。CD計測においては平坦な先端のフラットヘッドチップが用いられ、振動を加えることにより、その振幅や周波数の変化からプローブと試料との距離が計測されるという仕組みになっています。一般的なAFMを用いた計測での走査範囲が、数ナノメートルから数百ナノメートル程度であるのに対して、フォトマスクでは数十から数百マイクロメートル程度の範囲を走査することが要求されます。そのためプローブの磨耗が問題となってくるのです。磨耗を減少させる方法として様々な提案がありますが、完全に防ぐことは困難です。またプローブ交換時には直接手で触れて操作する必要がありますが、これは熱ドリフトなどの原因となり、測定精度の低下を招いてしまいます」。そこで、伊東先生が取り組んだのが、人が手を触れることなくプローブを換えられるAFM プローブ自動交換器の設計および試作でした。

現在進行中のプロジェクトで知的財産権などに配慮しなければならず、詳細は公表できないのですが、と伊東先生。「今回試作した自動交換装置は、実際にフォトマスク計測に用いられているAFMに搭載される予定です。将来的には、回折格子やマイクロレンズアレイなどの光学部品やソーラーパネル等のように、大面積でありながら微小な表面構造や薄膜構造を有するデバイスや機器の測定にも応用することが可能だと考えられます」。大きな手ごたえとともに帰国の途に就いた伊東先生。PTBで見聞きしたワーキングスタイルへの深い興味と感懐もあったようです。

「PTBにおいては週当たりの労働時間こそ決まっていますが、就業時間は自由というのは驚きでした。夜遅くまで研究室に残る日もあれば、家族のために半日で帰宅する日があるのは当たり前、休暇や休日は当然の権利、という考え方は成熟した社会を感じました。仕事を分かち合うワークシェアリングもうまく機能していたようでした。しっかり休んでいても日本と変わらないGDP(国民1人当たり)を達成しているドイツ人のライフ・ワーク・バランスはぜひ見習いたいですね。また、日本においては、理工系学生や研究者における女性の割合が、先進国の中でも際立って低いことが知られています。PTBで印象的だったことは、男性・女性の区別なく仕事に携わる姿でした。もちろん現在の状況の背景には、各国の歴史や文化・風土、法や支援体制、各人の仕事観などが横たわっており、軽軽に論じられないのは承知していますが、性別に関係なく同じ仕事に就くことが一般的であることを紹介していきたいと思っています」。海外派遣を通じて、新たに構築された視座。伊東先生から語られる多様な価値観は、後進への大きな刺激となることでしょう。

※2
「不確かさがすべて表記された切れ目のない比較の連鎖によって、決められた基準に結びつけられ得る測定結果または標準の値の性質。基準は通常、国家標準または国際標準」と定義される。つまり計測器がどういう経路で校正されたかが分かり、その経路が国家標準/国際基準までたどれることをいう。各々の計測器、標準器、標準物質などは、”校正の鎖”でつながれている。

(写真/図3)Working Group 5.22のメンバーと。前列、傘を持っているのが伊東先生。「Dai博士と部門長であるBosse教授からは『日本はヨーロッパと比較して、短い期間で研究成果を達成することに長けており、また工学的な分野における基礎研究にも長らく力を注いでいる。今後もその強みを発揮してほしい』との期待が繰り返し寄せられました。研究成果の実用的な応用、発展可能性を常に意識しながら進めていきたいですね」。

(写真/図4)ワーキング・グループ5.22のメンバーとリフレッシュ旅行に訪れたギーフホルンのレストランにて。「PTBにいる限りは、英語でのコミュニケーションで問題ありませんでしたが、街にでると、ドイツ語しか通じない場面が多々ありました。しかしそこは習うより慣れろ。動詞の活用が難しく日本では学習を断念したドイツ語もだんだん耳慣れて話せるようになってきました」。