Archive

派遣研究者REPORT

近未来型スクラムジェットエンジンの
設計に向けて、“マッハの流れ場”を観る。

バージニア大学(アメリカ合衆国 バージニア州シャーロッツビル)
2011年3月9日~2011年9月30日(206日間)

米国の国家プロジェクトを担う研究者たちが詣でる、
世界最高峰の研究機関へ。

近ごろ、巷を賑わしている“空の話題”といえば、欧米やアジア各国でシェアを拡大してきたLCC(ローコストキャリア=格安航空)の日本参入が挙げられるでしょうか。今年7月には3社目となるLCCが就航する予定で、『いよいよ本格的な“空の価格破壊”到来!』と新聞に躍る文字も賑やかです。しかし将来、次世代型の超音速旅客機が実用化間近、あるいは商用運航開始という暁には、“価格破壊”以上の非常に大きなインパクトを持つニュースソースとしてメディアに迎えられることでしょう。近未来型スペースプレーンや超音速輸送機を実現する有力な推進系技術として大きな期待が寄せられているものに、マッハ5※1以上で 超音速燃焼を行うスクラムジェットエンジン(supersonic combustion ramjet)があります(写真/図1)。

通常、ジェットエンジンはコンプレッサーで圧縮した空気に燃料を噴射することにより、エンジンを駆動させる燃焼を行います。しかし、飛行速度がマッハ3程度に達すると、コンプレッサーを使うことなく、空気の取り入れ口を狭めることで十分に圧縮された空気を得ることができます。ラムジェット(ramjet)と呼ばれる空気吸い込み式エンジンは、超音速(マッハ1.0~5)の空気流を亜音速(マッハ0~0.8)まで減速させた上で燃焼を行い、飛行マッハ数3~5程度で最も高い性能を発揮するといわれます※2。一方、超音速の気流を減速させずにそのまま燃焼器内に導き、超音速燃焼を行うのがスクラムジェットエンジンです。こうした超高速条件下では、気流を亜音速まで減速するとそれだけで気流の温度が高くなり過ぎ、燃焼により得られる発熱量が著しく低下する(燃焼ガスの熱解離が発生する)という現象が起こります。河内先生が取り組むのは、超音速における「燃料噴射流れ場」の定量的かつ平面画像的な可視化計測。超音速空気流と燃料噴射の最適な混合を行うスクラムジェットエンジンの設計に向けて、重要な足がかりとなる研究です。

当該研究では、高温・高圧・高速といういずれも「超」がつく飛行条件を模擬した燃焼風洞が使われます。河内先生が派遣先として選んだUniversity of Virginia(以下UVa)※3、Aerospace Research Laboratory(以下ARL)は世界的にも珍しい風洞を有することで知られています。「一般的に超音速の燃焼風洞では、より簡便・安価に気流総温を上昇させる方法として、通風時に気流に燃料と酸素を加え一度燃焼させてから通風を行う燃焼加熱方式がとられています。これに対してARLの燃焼風洞は、電気加熱により化学的に汚染されていない1200K(926℃)の高温空気流を24時間連続して通風することができるユニークなものです。アメリカの超音速流に関する国家研究プロジェクトに参画する研究者たちが、最先端の計測機器を携えて詣でている実験設備です。さらにARLは超音速流における光学計測で世界的にも著名な研究室であり、ぜひ行ってみたいと思いました」。しかし、受け入れてもらえるのは容易なことでありませんでした。「私が国際学会で渡米した折に、Goyne博士とお会いする機会を得ました。そこで研究計画を説明したのですが『我々の研究に対して、どのような貢献をしてくれるのか』と問い質されました。半年超の滞在とはいえ、シビアにシリアスに成果が求められる印象がありました」。それから7ヶ月後、河内先生の姿は、第3代アメリカ大統領トーマス・ジェファーソンが設立したUVaにありました。

※1
マッハ数(マッハすう)は、流体の速さと、その流体中を伝わる音速との比。気温 15℃、1気圧 (1,013hPa) の空気中での音速は約 340m/s ( = 1,224km/h)となる。マッハ5は、時速6,120km。
※2
ラムジェットエンジンが始動するには少なくともマッハ0.5程度まで加速する必要があり、別の動力により初速が与えられる。
※3
超音速航空機やスペースプレーン用の空気吸い込み式エンジンの研究において、世界トップクラスに位置するUVa 。現在アメリカには、NASAとAir Forceが共同で取り仕切るNational Hypersonic Science Centerという極超音速流に関連する3つの研究拠点があるが、UVaは、Texas A&M University、Teledyne Scientific & Imaging LLCと並び、その一角を成している。

(写真/図1)スペースプレーンの構想図。機体下部の青と赤の色がついている部分がスクラム ジェットエンジンである。図ではわかりにくいが、4つのエンジンが搭載されている。ちなみにこれはイラストではなく、学生さんがバルサ材で製作・着色した模型を撮影し、背景を合成した もの。機名のMTL-XはMasuya Takita Laboratoryの略、Xは試験機という意味。

(写真/図2)ARLのエントランスにて。前列緑のTシャツが河内先生。「ARLの研究者は、総じてかなり早いペースで論文を出している印象を受けました。やはり英文を練るのに時間を要する私たちに比べると、母語が英語であるアドバンテージは大きいですね。しかし水面下では『publish or perish(研究を発表しなければ消え去るのみ)』といった競争の激しさが伏流しているのかもしれません」。