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派遣研究者REPORT

いまだ有効な治療法のない遺伝性難聴。
薬剤が効くメカニズムの探究を通じて、
機能回復への道を拓く。

オーボアカデミー大学(フィンランド トゥルク)
2011年7月15日~2011年9月15日(63日間)

先天性難聴の治療に向けて。
薬剤が細胞内でどのように振る舞うかを見極める。

「いきおい研究というのは孤高の取り組みと思われがちで、事実、そのような側面があることも否めませんが、実験などは周囲の方々の協力と支援、時には協働の上に成り立っています。人と人との関係性は“コミュニケーション”によって構築・担保されることは言うまでもありませんが、今回のように文化や生活習慣の異なる海外で、その上知る人もいない環境下においては、コミュニケーションの本質的な意味・重要性といったものが立ち上がってくるように感じました」と語る小山先生。渡航先は、フィンランドの南西部、バルト海に面する港湾都市トゥルク。ちょうど「白夜」の時期に当たり、夜になっても地平線から立ちのぼる仄明るさに包まれていたといいます。「幸いなことに、白夜であっても睡眠覚醒リズムが崩れることはなかったですね。そういえばこれまで時差に悩まされた経験もありません。どこでも健やかに元気に過ごせるというのは“特技”のひとつといってもよいのかもしれません(笑)」。

オーボアカデミー大学との縁(えにし)を結んでくれたのは、共同研究のためにたびたび和田研究室を訪れていたAndrey Mikhailov博士。残念なことに、小山先生が今回の海外派遣で訪れる前に、Mikhailov博士は別の研究機関に移られていましたが、生化学研究室(写真/図1)を率いるEriksson教授に打診したところ、「学生・スタッフに手伝ってもらいながら、ぜひご自身の研究を進めてください」と二つ返事でご了承いただきました。さて、ここからは小山先生が取り組む研究の内容について、ご説明いただくこととしましょう。専門的な話になりますが、お付き合いください。

先天性疾患のうち、最も発生頻度の高いものに高度難聴があります。新生児の1,000人に1人の割合でみられるこの先天性難聴の内、少なくとも50%は遺伝子が関連しているとみられますが、有効な治療法はいまだ確立されていません。「私たちの研究室では、日本人において報告されている難聴の原因となるペンドリン変異体をターゲットとし、HEK293 細胞(実験用の細胞株)に発現させ、細胞内での局在を解析したところ、8 種類の変異体が細胞質に蓄積していることを明らかにしました。細胞膜に移行せずに、細胞内に留まるということは、本来の機能を発揮しないということを意味します。しかし、これら8 種類の変異体を発現した細胞にサリチル酸を投与すると、4 種類の変異体でペンドリン変異体の機能が回復することがわかりました。ですが、この薬剤が細胞内でどのように振る舞うのかは、詳らかになっていません」。変異したペンドリンが薬剤により細胞膜へと移行する過程において、どれくらいの時間で推移するかを見極めるため、薬剤の処理時間毎にタンパク質染色を行い、ペンドリンだけを特異的に染めて、細胞膜への移行を観察しました(写真/図2)。薬剤投与により変異を生じたペンドリンがどのように転変するかを観察することで、薬剤の適切な投与時間の間隔を推察し、メカニズムの解明につなげることができます。「実験の画像はこれまで二次元でしか撮影できませんでしたが、今回は派遣先の機器を使用することで、三次元で把握することができました」。帰国後はさらに研究が進捗し、サリチル酸の添加後、どれぐらいの時間を要して変異体が細胞膜まで到達するかを推知するまでに至っています。

(写真/図1)右に見えるのは、派遣先研究室がある研究所建屋。オーボアカデミー大学だけでなく地元のトゥルク大学や企業が、生物関連のラボを構えている。奥や隣には化学系、情報系の研究所ビルがあり、一帯が研究拠点の様相を呈している。

(写真/図2)上左は、HEK293細胞の微分干渉顕微鏡画像(DIC)、上右はHEK293細胞のペンドリンタンパク質を免疫染色し、蛍光標識した画像。赤く染まっている部分がペンドリンで、細胞膜に存在しているか細胞質に存在しているかを判断できる。下は、ひとつの細胞を染色したもの。左は、変異を起こした細胞、右は同じく変異を起こした細胞に薬剤を投与し、回復した様子。