マサチューセッツ工科大学(アメリカ合衆国 ボストン)
2012年4月1日~2012年7月1日(92日間)
スマートフォンやタブレット端末、デジタルオーディオプレーヤー、携帯ゲーム機、さらには銀行ATMや自動券売機…これらの多くに入力装置として組み込まれているタッチパネル。今やすっかり私たちの暮らしに浸透した感があります。タッチパネルを使用する際には振動や音声等のフィードバックはあるものの、パネルは凹凸のない平面のため、私たちは視覚だけを頼りに操作しなければなりません。視覚、聴覚に加えて、触覚でも画面上から情報を感知することができたら…と誰もが一度は思ったことがあるのではないでしょうか。たとえばインターネットショッピングでは、衣類などの肌触りや風合いを確かめられ、動物・植物図鑑では形や手触りを楽しむことができます。文字情報を伝達すれば、視覚に障害を持つ方々への大きなサポートにもなることでしょう。私たちは視覚・聴覚・触覚を相互に作用させて知覚することで、より多くの情報を受け取ることができます。
触覚に刺激を与えることで、物体の形状や感触、テクスチャーを感知できる「タッチパネル型触覚ディスプレイ」の研究開発に取り組んでいるのが嵯峨先生。「これは決して“夢のような”ものではなく、私たちは近い将来に実現(実装)可能なデバイスという位置づけで研究開発に取り組んでいます。百聞は一見にしかず、です。まずこれを触ってみてください」と示されたのが、指を置くガイドに4本の糸が張られたタブレット端末(写真/図1)。画面を指でなぞれば、驚いたことにそこに映し出されているカーペットや紙やすりを実際に撫でているような感触が伝わってきました。丸い形も感知できます。「これは触覚の“錯覚”を利用しているのです」。錯覚?もう少し詳しくご説明いただきましょう。「視覚と同様に、触覚にもさまざまな錯覚があります。この装置ではせん断力(物体の平行方向に、すべらせるように作用する力)による錯覚を利用しています。場所に応じてせん断力が変化する平面上を指でなぞると、実際には平面にもかかわらず人は凹凸を感じてしまうのです。この触覚ディスプレイは、タッチパネルの側方にとりつけた直流モーターにより、タッチパネル上の指に対してせん断力を生成することで、形やテクスチャーなどの触覚情報を与えるものです。これまでの私たちの研究では、提示する形状の傾きに応じたせん断力分布によって、タッチパネル上でバーチャルな凹凸表現を実現してきました。今回はそうした知見を応用発展させ、実際の物体から記録された振動により紙やすりなどのようなテクスチャーパターンを提示する手法を開発しました」。
今回の渡航先は“表現とコミュニケーションに関わるデジタル技術の研究”で世界的に多くの注目を集めているMIT Media Lab.。「Ramesh 先生は、特殊な光学系を利用したアプリケーションに関する数多くの興味深い研究に取り組んでおられ、SIGGRAPH※1にも多くの論文を通しています。私の専門はビジョンを利用した触覚センサや触覚入出力をはじめとするバーチャルリアリティ技術であり、ぜひRamesh先生の専門分野の知識や創意のあり方を学び、新たな研究への足がかりを得たいと考えました」。同先生とは一面識もなかったという嵯峨先生、直接申し入れたところ、受け入れOKとの返答がきました。「とても多忙な先生なのですが、こと人的交流や後進の育成に関しては、確固としたプリンシプルを持っておられる方でした。それは同じ場所で、同じ時間を過ごさなくては見えてこなかったものでした」。嵯峨先生が感銘を受けたというRamesh先生の指導者・メンターとしての側面は次ページでご紹介しましょう。
(写真/図1)「視覚や聴覚といった感覚器官のメカニズムの研究は非常に進んでいますが、触覚機構の原理と機能に関しては、実はあまりよくわかってはいないのです。私たちはその理解から進めています」。写真は、嵯峨先生が開発した触覚ディスプレイ『Feel through window』
(写真/図2)Ramesh 先生率いる研究室Camera Culture Groupの部屋。「同グループはSIGGRAPHをはじめとするトップカンファレンスへの投稿を研究の土台としています。欧米の研究者は公私の別がはっきりとしていて夜遅くまで仕事をしないと聞きますが、例外はあるようで(笑)、学会の投稿期日が近づいた時の集中力はすさまじいものがありました。夜遅くまで議論や実験が繰り返され、サポートスタッフから差し入れされた夜食をかき込むといった具合。こうして完成度の高いペーパーが投稿され、次の研究へのステップアップのための議論の種がまかれるというわけです」。
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