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派遣研究者REPORT

過酷な環境下で発生する
金属材料の変形、損傷。
そのメカニズムの解明に向けて、
計算科学と実験科学のコラボレーション。

ダルムシュタット工科大学(ドイツ ダルムシュタット)
2010年11月21日~2011年3月25日(124日間)

超高温下で、回転運動にさらされる合金の組織がきたす「Raft化」。
分子動力学解析でその謎に迫る。

東日本大震災以降、エネルギーそして環境問題は、これまで以上の重要性と切迫感を帯びて、私たちの前に立ちはだかっています。例えば、『3.11』以後、各電力会社から供給される電力の電源構成は大きく変化し、3割を占めていた原子力発電の比率が大きく低下する一方で、2010年には約60%だった火力発電は、2011年12月には86%にまで上昇しています(2012年2月、資源エネルギー庁)。火力発電は、早く立ち上がり、安定した品質の高い電力を供給できるという長所がありますが、地球温暖化の主な要因とされるCO2を排出します。その抑制に向けた対策の一つが「発電効率の向上」です。「熱効率をあげるためには、より高い温度で稼働させる必要があります。高温ガスでタービンを回して回転運動エネルギーを得るガスタービンは、導入当時は1000℃程度だったものが、改良型では1300℃、その後1500-1600℃級と開発が進み、現在は1700℃の実現も視野に入ってきました」。こうした高温化に対応するため、これまで様々な耐熱合金が開発されてきましたが……。「タービン動翼材は、高温ガス中で、長時間の回転運動(遠心力)にさらされ続けます。金属材料の多くは、“常温”では変形や破壊の発生しない負荷条件でも、一定の温度以上では時間とともに変形が進行し、最後には破壊に至ります。これをクリープ損傷といいます。火力発電などの過酷な環境下では、クリープ損傷を完全に回避することは不可能です。これは安全性や信頼性、ひいては電力の安定供給に向けた大きな課題となっています」。

さて、ここからは鈴木先生の研究についてご紹介します。少し専門的なお話になりますが、お付き合いください。「現在、1500℃級ガスタービン動翼には,母相であるγ相中に、材料を強化する(析出強化相)γ’(ガンマ・プライム)相が、細かく分散された一方向凝固Ni基超合金が用いられています。本来この合金は、γ’相が立方体状に整然と析出していますが、クリープ損傷を起こすと層状化する現象が観察されます(写真/図1)(写真/図2)。これは、いかだを意味するRaft化(Rafting)と呼ばれますが、次世代高温ガスタービン用の耐熱Ni基超合金の開発では、主にこのRaft化の制御が重要な課題となってきます」。そして制御のためには、発現メカニズムを知る必要があります。鈴木先生は、原子・分子レベルでアプローチ可能な分子動力学法を用いて解析を試み、Ni基超合金におけるRaft化の支配因子として、γ/γ’界面において平行方向に引張ひずみが作用すると、応力緩和機構として界面と垂直方向にγ’相が拡散していく可能性を見出しました。「加えて、Raft化を抑制する働きのある元素の探索を行い、従来のNi基超合金に含まれている金属に加えて、新たにPdやPtを添加、最適化することで、耐熱特性を向上させることが可能であることを分子動力学解析により明らかにしました」。では、実際にクリープ材料片の中では何が起こっているのか――実験的手法によって確かめることが望まれました。

「渡航先のダルムシュタット工科大学は、長年にわたる材料強度データの蓄積があり、よって試験技術にも非常に長けています。このように世界的にも貴重なデータベースを有する一方で、計算論的アプローチによってそれらを解釈することが期待されていたのです。そこで私が専門とする計算機シミュレーションと、ダルムシュタット工科大学の実験科学に基づく技術基盤を統合することで、この研究分野を大きく進展させることを今回の海外派遣の目標としました」。まさに計算機科学と実験科学の融合です。

(写真/図1)Ni基超合金の組織変化。

(写真/図2)Ni基超合金の組織変化メカニズム。