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派遣研究者REPORT

「ガラス転移現象」のメカニズムとは?
80年間、誰も解明できなかった
物性の難問に向かい合う。
真理の探究を通じた、
新しい統計物理学の構築を目指して。

ボストン大学(アメリカ合衆国 ボストン)
2010年8月31日~2011年2月4日(158日間)

1万キロの彼方から。
インターネットを通じたビデオ通話機能で指導、議論を行う。

「Keyes教授の研究グループでは、毎週、研究員個々が進捗状況などを報告し、それについての議論を交わすグループミーティングが開かれていました。それが学内ではなく、大学近くにある教授お気に入りのカフェで開催されていたことが印象的でした。気分転換にもなりますし、リラックスした環境でアイデアを出し合うことができます。また研究グループには、2名の博士研究員が在籍していて、それぞれ私の研究と関わりのあるテーマ(STMD法(statistical temperature molecular dynamics)、一般化されたレプリカ交換法、水の内部振動)について取り組んでいたため、彼らと密にディスカッションを行い、必要に応じて他研究室のスタッフとも意見交換を行いながら研究を進めていきました」。

「前言の博士研究員の一人は、インド国籍の女性でしたが、とても日本に興味を持っており、お互いの母国の歴史や文化、教育、時にはかなりセンシティブな問題まで語り合いました。国々に特有の社会制度が存在することは知識として知っていましたが、当事者から現状を聞くことで、私なりの理解をさらに深めることができたように思います」と寺田先生。そして、アメリカのメディアが伝える日本の姿にも、驚かされることが多かったといいます。「日本国内とはまったく異なる視点で報道されており、これに触れた人がどんな“日本観”を持つのだろうかと少し心配になりました。日本人の美質を失わずに、異なる価値観・文化背景を持つ人々とどのように相互理解を図っていけばよいのかを考える好機となりました。私が所属する研究室では、今春から留学生を迎えることになりましたが、彼らの生活文化・規律などに配慮しながら指導が行えるようになったように思います」。

指導といえば、5ヶ月間大学を離れる寺田先生にとって、学生さんとの議論の場をどう確保するかが懸案でした。「私たちの研究室では、課題についてのレポートをまとめてもらい、週に一度のマンツーマンの議論を通じて理解度・習熟度を深めてもらうようにしていました。私の海外派遣による学業機会の損失は避けなければなりません。そこでインターネット回線を通じたビデオ通話機能の利用を思い立ちました。ですが日本とアメリカ東海岸の時差はマイナス13時間(夏時間)。講義が多い学生さんとの時間を合わせるのに苦労が伴いました。また、ホワイトボードが使用できないため、数式などの解説の面で難しい場面もありました。しかし、学生さんたちはいつも以上に自主性をもって研究に取り組む気構えを育んでくれたように思います」。これまで2-3週間程度の海外滞在は幾度となく機会があったものの、長期にわたる派遣は初めてだったという寺田先生。「学生さんにはグローバルに活躍できる人材になってほしいと願っています。今までも国際会議・学会を含めた海外での研究活動を奨励してきましたが、私自身が実際にアメリカで過ごしたことにより、より実態に即した具体的なアドバイスができるようになりました」。近年、若者の内向き志向が指摘されています。「確かに昨今のIT技術の進展により、日本にいながらにして刻一刻と変化する世界の情報や動向を手にすることができます。しかし“その場”に身を置く貴重な体験には代えられません。ぜひ多くの驚きや感動を若い感受性で受け止め、思索をめぐらせてほしいと思います」。経験から紡がれる言葉が、多くの学生さんや若い研究者に届くことを願ってやみません。

(写真/図3)ボストン大学は130カ国以上から5000人余りの留学生を受け入れている。「滞在した研究室でも、大学院生はネイティブアメリカン、博士研究員はインド人、Keyes教授と共同研究に取り組んでいる博士研究員は韓国人、とたいへん国際色豊かでした」。写真右は、化学科の当時の主任Dr. John E. Straub、真ん中が大学院生のShanadeen Begay。

(写真/図4)液体状態・ガラス状態・結晶状態の希ガスモデル流体での計算実験結果のスナップショット。規則正しく粒子が並んだ結晶状態と比べ、液体状態とガラス状態は、一見、どちらも粒子がランダムに配置されているだけのように見え、ある瞬間のスナップショットだけでは区別がつきません。そのため、それぞれの状態を区別できる物理量を考え、どのように液体状態・ガラス状態・結晶状態を定量的に定義するのかも大きな研究課題の一つです。