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派遣研究者REPORT

技術的に困難とされてきた
多様な膜強度を持つ血球モデル開発。
斬新な発想とアプローチで、世界に先駆ける。

シラキュース大学(アメリカ合衆国 ニューヨーク州)
2011年1月15日~2011年5月31日(137日間)

channel形成タンパク質を応用した世界初、
独創的な血球モデル開発を、海外大学と異分野融合研究。

「科学技術は、真理を追究したいという人間の根源的な希求、そして世界中の研究者同士の切磋琢磨――競争とも言い換えられますが――を原動力・推進力として、進歩発展してきたという面があると思います。それを強く実感させられた出来事があります」と話す冨田さん。太田准教授(研究室の代表)が、シラキュース大学のLiviu Movileanu 教授のもとを訪ねた折、情報交換の一環として冨田さんが取り組む研究について話し始めたところ……、「『それは論文を通じて知っている。Dr.Tomitaは私のCompetitor(競合相手)だ』とおっしゃったそうです。当時は、交流も面識もありませんでしたが、Liviu教授はこちらの興味の有り様や研究の方向性についてよくご存知で、光栄にもライバルだ、と言ってくださったのです」。

冨田さんが取り組むのは、“しなやかで変幻自在な”「膜強度多様化血球モデルの開発」。技術的に不可能とされながらも、医療分野では待望されてきたという背景があります。「近年、循環器系※1疾患の治療として、低侵襲的(身体への負担の少ない)であるカテーテルや薬剤溶出ステントを用いた血管内治療が注目を浴び、実際に治療として取り入れられていますが、新しく開発されたステントが臨床段階で溶血※2や血管の閉塞(血栓による)を引き起こすなど、血球の振る舞いによる炎症が問題となっています。さらに人工弁や血液ポンプなどにおいても、医療機器との接触による溶血や血球凝集がみられるケースがあります。こうした医療デバイスが血球に与える影響を調べるために血球モデルを用いるわけですが、従来は正常な赤血球や、有機化合物(グルタルアルデヒド)で硬化させた赤血球といったものが使われていました。前者は、感染症のリスクをすべて排除できませんし、後者は硬く変形能に欠けるものでした。あらゆる血管疾患と患者さんを想定すれば、より多様な力学的強度をもつ血球モデルが必要とされます」。

これまで赤血球膜に特異的に作用して、ナノメートルサイズのchannel (チャネル/膜孔) を開けるタンパク質の構造解析とメカニズムに関する研究を行ってきた冨田さんは、その機構を応用した多様な膜強度を持つ血球モデルの開発を考案(写真/図1)。これは世界的にも例のない斬新な発想とアプローチであり、前述のLiviu教授を始めとする研究者・専門家の注視を集めていました。本研究では、血球の単純モデルとして数種の人工脂質二重膜小胞(liposome:リポソーム)を使用し、この脂質の種類とchannel 数を制御することで、様々な強度をもつ血球モデルを作製することを目指しています。

一方、シラキュース大学のLiviu教授の研究室(生物物理学)では、channel を流れる電流の強さを測定することで、膜に形成された channel の数を計測できるBilayer lipid membrane system (BLMS) を世界に先駆けて開発しています。冨田さんが提案したのは、BLM上で血球モデル(channelを形成したliposome)を形成し、計測・解析することにより、より詳細な評価をしていくという共同研究。数回シラキュースに足を運び、研究計画をプレゼンテーションしましたが、Liviu教授はすぐには首肯してくださなかったとのこと。議論を重ね、研究の趣旨や目的、設定目標を理解・納得していただいた上での受け入れとなりました。海外大学との異分野融合研究の始まりです。

※1
体液を決まった形で流動させるための器官と、血液の成分である血球を産生、成熟、分解する器官をまとめて循環器系と呼ぶ。具体的には血液の通り道である血管と、血液を循環させる役割をする心臓など。リンパ管、リンパ節、扁桃、虫垂、脾臓、腎臓なども含まれる。
※2
赤血球の細胞膜が様々な要因によって損傷を受け、赤血球が死に至る現象。

(写真/図1)膜強度多様化血球モデル。本研究において使用した脂質は、ヒト赤血球膜を構成する主なリン脂質であるPhosphatidylserine (PS)、Phosphatidylthanolamine (PE)、 Sphingomyerin (SM)など5 種類。

(写真/図2)研究員たちとディスカッション。「実験結果については、セミナー発表やレポート執筆を通じて、Liviu教授を始め研究室のメンバーに周知し、情報の共有を心がけました。共に議論し考察を深めることにより、研究の方向性もよりシャープに研ぎ澄まされていきます」。