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派遣研究者REPORT

技術的に困難とされてきた
多様な膜強度を持つ血球モデル開発。
斬新な発想とアプローチで、世界に先駆ける。

シラキュース大学(アメリカ合衆国 ニューヨーク州)
2011年1月15日~2011年5月31日(137日間)

勇気と責任をもって、研究成果を評価の場に開いていく……
それが研究者としてのプリンシプル。

シラキュース大学で冨田さんが取り組んだのは、channel 形成タンパク質と膜の力学的状態・変形能との関係を提示するという世界で初めてのチャレンジングな試みでしたが、予想以上の進捗を遂げ、新しい血球モデル開発の基盤的成果を挙げました。帰国後は、シラキュース大学で作製した、様々な数のchannelを持つliposomeの強度を、マイクロピペット法(写真/図3)で測定し、channelの数と膜強度の相関関係を見出す研究に入ります。この研究で作製した血球モデルを使用することにより、血液ならびに血管疾患、糖尿病など、さまざまな疾患に応じた血流を再現することが可能となり、オーダーメード型医療の開発研究に貢献できると考えられています。また、輸入された医療デバイスの安全性と有効性の予測・評価を、個人の状態に応じて判断することもできます。さらにliposome の脂質成分と膜強度の相関関係を明確にすることで、liposome 内部に封入した薬剤の放出速度の予測や制御技術の開発に応用できるためドラッグデリバリーシステムへの展開が期待できます。生体外での医療デバイスの評価技術が確立されることによって、動物実験の脱依存にも寄与することでしょう。

「渡航当初、日本とは大きく異なる学内環境に戸惑うこともたびたびでした。米国はシステム面では高度に整備されているのでしょうが、サービスやサポートが日本ほどきめ細やかなわけではなく、何事も個々人の自立・自律が前提となっている印象を受けました」。それでも、さまざまな文化背景を持つ人々が世界中から集まる“人種のるつぼ=多民族国家”ならではの寛容さ、懐の広さ、助け合いの文化に感嘆させられることも。「小学2年生の子どもは、地元の公立の学校へ通うことになりました。英語にはまったく不案内で、親としては心配の限りでしたが、異文化に触れ、困難な環境を乗り越えてゆく力を養ってほしいと思い、送り出していました。しかし、地元の子どもたちは、外国人である彼女をすぐに受け入れてくれ、ネイティブスピーカーの友だちもできたようです」。

そして、目にすることになった研究競争の苛烈さ。「教授との議論、研究室内のディスカッションにおいても常に容赦ない評価にさらされます。研究者としてのアイデンティティを確立するのは容易ではなく、成果をスピーディーに世界に発信していくこと(=論文)が非常に重要であると考えられているようでした。勇気と責任を持って、進んで評価の場に載せるといった積極性とハングリー精神には目を見張るものがありました」。同時に、優れた研究を世に問う使命と責務を研究者が等しく抱いていることを知ります。「Liviu教授に論文を見ていただいた際、これはぜひとも発表し、開かれた場で検討されるべき、との評価を頂戴しましたが、構成や文体、言葉の選択などは、洗練されたものとは言い難かったようです。教授は、専門外であるにもかかわらず、文献や先行研究などを調べあげ、精緻な論文へと磨き上げてくださいました。私は英語文章表現の限界を感じていて、派遣期間中にブラッシュアップしたいと切望していましたので、絶好の学びの機会となりました」。

「自身の視野を広げ、オリジナリティの高い研究を展開させる力を養うには、国内のみならず、海外の研究者との交流が不可欠であると強く感じました。私たち研究者は存在そのものがグローバルであるべきなのですね。できれば私が先鞭をつけて、海外大学と東北大を架橋する役割を果たしていきたいですし、この海外派遣によってもたらされた経験知を後進に伝えていきたいです」。冨田さんのタフで、しなやか、オープンマインドな姿勢が、困難多きフロンティア研究を支えています。

(写真/図3)吸引強度を変化させた時の吸引長から血球強度を解析するマイクロピペット法。

(写真/図4)Liviu研究室のメンバーと。後列左から3番目がLiviu教授。シラキュース大学に在籍しているポスドク、学生さんもまた多国籍だ。「彼らとのディスカッションを通じ、異なる文化と研究背景をもつ海外研究者の考え方や、議論を進める上での独自の手法について学ぶことができた一方で、日本の研究者がもつ知識や技術の優れた点を再認識することができました。互いの長所を取り入れ、新しい視座を構造していくことにより、共同研究が切り拓かれていくように思います」。