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派遣研究者REPORT

世界に先駆けて開発した「BioLSI」、
その応用可能性を探究し、
デバイスとしての潜在力を具現化する。

トリノ工科大学(イタリア トリノ)
2011年10月17日~2011年12月28日(73日間)

先端技術の結晶「BioLSI」を、
社会や産業界で“活かせる”デバイスにするために。

仙台藩主伊達政宗が、支倉常長ら一行をエスパーニャ帝国(スペイン)の国王、およびローマ教皇の元へ遣わした慶長遣欧使節から約400年。浅からぬ縁を持つ宮城県とイタリアは、2001年のローマ県との友好姉妹県締結を始め、近年ではピエモンテ州(州都:トリノ)とのナノテク分野における学術交流、企業情報の共有・マッチングなど、産官学のネットワークを構築しています。「こうした行政間での取り組みを背景に、東北大学ではトリノ工科大学との研究交流を図っており、私の上司である江刺教授が日本側のコーディネーターとして活躍されています。同大は医療分野において世界トップレベルの研究を行っており、今回私は、本学が世界に先駆けて開発した『BioMEMS/LSI 集積化デバイス(以下BioLSI)』をトリノ工科大学の研究者に紹介し、その応用に向けた課題などを議論するというミッションを与えられ赴きました」。いわば“営業マン”といったところですね、と吉田先生。

「BioLSIとは、MEMS※1とLSI(半導体)を集積したもので、DNAやタンパク質、細胞などの生体物質を高速かつ網羅的に解析できる高感度電気化学測定デバイスです。現在は、実用化にむけて試作品の評価を行っている段階です」。吉田先生は、渡伊後すぐにトリノ工科大学、トリノ大学、イタリア技術財団の研究者にBioLSIをプレゼンテーション。中でも特に興味を寄せてくれたのが神経細胞生理学の研究者たちでした。「神経細胞が放つ物質(神経伝達物質やホルモンなど)の検出、またドラッグスクリーニング(薬剤を細胞に作用させ、その応答を観察することで薬効を調査する)へのニーズがあることを把握できました。さらには毒物に対する細胞死を検出する細胞毒性評価に利用できるのではという意見が寄せられました」。早速、吉田先生は前言の物質の検出が、可能かどうかの検討に取り掛かりました。

「BioLSIは、電流検出型センサであり、検出対象の電気化学反応に伴う電流値を測定することで、その濃度を定量的に評価します。アドレナリンやノルアドレナリン、アデノシン三リン酸、一酸化窒素、一酸化炭素、性腺刺激ホルモン放出ホルモンなどは、電流検出によって測定できることがわかりました。また、現在Au(金)で展開している作用電極を、より広い電位窓を持つ炭素に置き換えることで、さらに応用範囲が広がることがわかりました。LSIを壊すことなく良質の導電性炭素膜を成膜することは容易ではないですが、ユーザー側のニーズである以上、追求すべき技術だと思いました」。炭素電極の形成に関しては、吉田先生のフィードバックを基に、東北大学において検討が重ねられています。「またBioLSIは400点の作用電極を有しているものの、1種類の薬液しか使用できません。ドラッグスクリーニングに際しては、多種多様な薬剤の薬効を同時に調査したいというニーズがあります。それに応ずるためのBioLSIの新たな電極配置とマイクロ流路の形成を、トリノ工科大学の研究者との議論を通じて見出しました」。吉田先生はこうした応用可能性の検討だけではなく、“現在の仕様”のままで実現できる「細胞毒性評価チップ」への予備実験にも取り組み、細胞培養の条件などいくつかの有用な知見を得ました。

多くの成果を手にした海外派遣。でも、実は“バイオ”は吉田先生のご専門ではありません。次ページではその経緯をご紹介いたしましょう。

※1
Micro Electro Mechanical Systemsの略、「メムス」と呼ぶ。機械要素部品、センサ、アクチュエータ、電子回路を一つのシリコン基板、ガラス基板、有機材料などの上に集積化したデバイスを指す。電気と機械を融合した超小型システムで、半導体(LSI)の製造技術を応用した微細加工技術で作られる。世の中のあらゆる分野の既存製品の超小型化に貢献するため、潜在的に応用可能な製品は無数にあると言われている。

(写真/図1)トリノ工科大学は、イタリアにおける最古の工科大学で、理系の大学としてはミラノ工科大学に次ぐ国内二番目の規模を誇る。特に、自動車を含む車両工学や、航空工学ではヨーロッパの中でも有数の教育機関として認知されている。イタリア国内において最も国際化が進んでいると評価されており、国際交流が盛んである。写真は、トリノ工科大学キャンパス前。

(写真/図2)BioLSIは、特殊な信号処理回路を搭載したLSIチップ上に作用電極を形成することで、最小検出電流値1〔pA:ピコアンペア〕という高感度を達成している。この電極表面をDNAや抗原などの生体分子で装飾することにより、高感度のDNA検出チップ、タンパク質チップ、細胞チップなどの分析チップが実現できると考えられる。写真は、BioLSI内での神経細胞培養実験。