Archive

派遣研究者REPORT

世界に先駆けて開発した「BioLSI」、
その応用可能性を探究し、
デバイスとしての潜在力を具現化する。

トリノ工科大学(イタリア トリノ)
2011年10月17日~2011年12月28日(73日間)

実はBioは専門外。
未知の領域での実験で得られた質感、リアリティ。

「私はそもそもMEMS(前ページの脚注参照)を専門としており、バイオは畑違いの分野です。しかし、今回の派遣に際しては『これまで我々のラボでは取り組んだことのないテーマにチャレンジしてみたい』と私は思い、江刺教授と相談しました。その結果、本学の末永(まつえ)教授が中心となって開発したBioLSIに関して勉強し、”微細加工屋”として貢献する方針が示されました」。吉田先生が海外派遣に先駆けてまず取り組んだのが、 現仕様のBioLSIデバイスの作製技術の習得です。「末永教授の研究室(東北大学原子分子材料科学高等研究機構)に飛び込み、教えを請いました。これまで馴染みのなかった電気化学や生物学関連の専門用語も、同時に頭に入れなければなりませんでした。今回の私の役割は、シーズとニーズのマッチングでもあったので、デバイスに対する深い理解と見識、そして研究全体を俯瞰する視野を兼ね備える必要性があったのです」。一方で、神経細胞の培養実験を通じて新しい感懐を得たとも。「普段、私が接している機械は基本的に交換可能なものです。一方、細胞は一期一会といいますか、代替不可能なんですね。そのあたり“生命”という存在について深く考えさせられました」。書物に当たっただけでは得られない、体験から立ち上がってくる質感やリアリティ。“取り組んだことのないテーマ” は、苦労を凌駕するほどの稔りをもたらしてくれたようです。

「おそらく海外の大学や研究機関に滞在された方は、多かれ少なかれ同様の感想を持たれると思うのですが、まず日本とは異なる研究スタイルに驚かされました。夜遅くまで研究室に留まることはないようですし、研究・実験の役割分担・分業が徹底していて、仕事の範囲が明瞭です。負担が偏らないようなシステムになっているんですね。教育的効果からすれば、一通りのことを経験させられる日本の大学の仕組みとどちらがよいか、明言できませんが、研究者であると同時に、個人であり家庭人であることが尊重されているように感じました」。そして話は研究室運営に及びました。「私が滞在したのは、5人所帯と非常にこぢんまりとしたラボでしたが、ディスカッションの時間がとても多く設けられていたのが印象的でした。お茶を片手に、雑談するような気軽さでアイデアを出し合うんですね。この“リラックスした”“インフォーマルな”という状態が重要で、より自由な発想を言い合える雰囲気があります。これは立場の上下に関係なく、ファーストネームで呼び合う文化とリンクしているように感じました」。

最後に、これから海外に飛び出す後進に向けてのアドバイスをお願いします。「英語力は、海外派遣の前提条件ですから琢磨することが大事ですね。ただ研究分野についての意思疎通は問題なくても、日本の社会や文化を説明する段になって少し困難を感じることがありました。そして異文化に身を置くことは、様々な気付きをもたらしてくれます。滞在先の素晴らしい点に感嘆すると同時に、日本の良さも深く実感できます。母国ということを差し引いても、日本は細やかな配慮とサービスに満ちた社会です。そうした視座を獲得することは、異なる文化背景を持つ人々と接する際に役立つのではないでしょうか」。吉田先生が結んだ紐帯、トリノ工科大学と研究交流はこれからも継続されます。

(写真/図3)写真は、神経細胞培養実験の結果。生体適合材料で構成されたBioLSIチップ上に神経細胞は首尾よく培養された。これらの神経細胞の呼吸や分泌物は、チップ上に形成された電極アレイによって電気化学的にモニタリングされる。

(写真/図4)写真は、BioLSI上での神経細胞活動の電気化学測定実験の様子。BioLSIチップと測定セットアップは、本学の「マイクロシステム融合研究開発拠点」プログラムにて開発された。本プログラムは、江刺教授や末永教授ら多数の研究者や企業が参加しており、研究室や会社といった垣根を越えた連携が実現されている。