電気刺激が無く軟らかい新構造のハイドロゲル製ピペットを開発

- 体内深部への安全な薬剤送達などでの実用化に期待 -

2023/09/13

【工学研究科研究者情報】
〇大学院工学研究科ファインメカニクス専攻 教授 西澤 松彦
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発表のポイント

  • 電気浸透流注1を高効率で発生するアニオン(陰イオン)性およびカチオン(陽イオン)性ハイドロゲルをそれぞれ調製しました。
  • アニオン性とカチオン性ハイドロゲルの接合でイオン電流が内部で循環するピペット機構を実現しました。
  • 新構造ピペットの制御性・柔軟性・安定性および非電気刺激性を実証しました。
  • 体内深部への薬剤送達やハイドロゲル電極デバイスへの搭載が可能です。

概要

微量な溶液のマニピュレーション(吐出と吸引)は、生体局所への薬剤投与や体外での細胞研究など、様々なバイオ医療分野で重要です。

東北大学大学院工学研究科の西澤松彦教授のグループは、外部に電流を漏らさずに電気浸透流を発生させ、かつ制御性と安全性を併せ持つ細径チューブ型のハイドロゲル製ピペットの開発に成功しました。アニオン性とカチオン性のゲルを接合すると、イオン電流がデバイス内部をループし、接合部で一方向の吐出・吸引が生じる仕組みです(図1)。電気刺激を伴わないため、体内深部での安全な薬剤送達などに有用で、ハイドロゲル電極デバイスなどへの搭載も可能です。

本成果は、2023年9月7日に材料分野の専門誌Advanced Functional Materialsにてオンライン公開されました。


図1 電気浸透流ピペットの構造と原理、および脳モデルへの挿入

研究の背景

微量の溶液を精密にマニピュレーション(吐出と吸引)することは、創薬のための細胞実験や、体内埋め込みデバイスによる薬剤投与など、様々なバイオ医療分野で重要な基本操作です。シリンジポンプなどを用いた外部からの圧力制御が一般的ですが、昨今のバイオ医療デバイスは圧力が伝わり難い柔軟な材料で構成されるため、精密な送液制御が困難になっています。そのため制御性に優れる電気式システムの開発が望まれており、電気浸透流(EOF)の利用は魅力的なオプションです。ところが通常のEOFポンプは、外部にも電極を必要とするため、送液の際に内外を流れる電流が脳神経や筋組織をはじめ各種細胞・組織の電気応答性(電気走性など)を刺激してしまいます。本研究では、EOFを高効率で発生するアニオン性およびカチオン性のハイドロゲルを調製し、これら両極性のハイドロゲルを接合した新構造のハイドロゲル製EOFポンプによって漏電の問題を解決しました。

今回の取り組み

まず、新しく開発した送液法の原理検証を行いました。図2aに示すように、アニオン性ハイドロゲル(A-ハイドロゲル、PAMPS)とカチオン性ハイドロゲル(C-ハイドロゲル、PAPTA)、および中性ハイドロゲル(N-ハイドロゲル、アガロース)を組み合わせてシリコーン樹脂製チューブに充填しました。赤い矢印が通電時の電流(カチオンの移動方向)、白い矢印がEOFの向きを示しています。図2bはガラスキャピラリー(毛細管)中の水の移動から見積もった体積流量(図2b中の挿入図)と、その傾きである電気浸透流の効率の棒グラフです。同じゲルの組み合わせ(AA、CC)では浸透流による吐出が起こらず、ACの組み合わせではANやNCの場合の2倍程度の送液が起こっており、期待通りの結果でした。A-ハイドロゲルとC-ハイドロゲルに発生するEOFの向きが逆であるため、イオン電流がデバイス内部をループし、接合部で同一方向の吐出(もしくは吸引)が起こるというメカニズムが確認できました。

次に、外径1mmのシリコーンチューブにA-ハイドロゲルとC-ハイドロゲルを充填して、柔軟な細径チューブ型ピペットを作製し、性能評価を行いました。図3aで示すように、一定流速の吐出・吸引が電流値で制御され、チューブを結んでも性能が変わりませんでした。柔軟で安定な細径チューブ型ピペットは、体内深部への薬剤送達を可能とし(図1)、ハイドロゲル電極など他の柔軟デバイスへの搭載も容易です(図3b)。また、ヒト iPS 細胞由来心筋細胞の塊(スフェロイド)に向けて薬剤輸送を行った際、外部にも電極を設置する従来法では、電気刺激の影響を受けてスフェロイドの拍動が2倍程度に速まってしまったのに対し(図3c-i)、新しい構造の電気浸透流ピペットでは自律拍動注2(約1Hz)のままでした(図3c-ii)。

今後の展開

本研究で開発した新構造の電気浸透流ピペットは、電気刺激を伴わない安全性と高い制御性、およびハイドロゲル特有の柔軟性と安定性を有します。これらの特徴を活かして、脳深部など体内局所や医療用カテーテルを通した血管内における薬剤投与、および体液サンプリングなどに広く有用だと考えられます。また、柔軟デバイスへの搭載が容易なため、コンタクトレンズからの投薬や、抗炎症剤等の徐放(少しずつ長時間放出され続けること)によって神経電極の長期埋込を支援するなど、微小液体マニピュレーションのプラットフォームとして多様な応用が期待されます。


図2 両極性ハイドロゲルの組み合わせと電気浸透流ピペットの輸送特性

図3 (a) 柔軟性と安定性、(b) 脳表ゲル電極への一体化、(c) 心筋細胞スフェロイドを用いて行った、電気刺激を伴わないことの実証。

謝辞

本研究は、東北大学新領域創成のための挑戦研究デュオ(FRiD)の支援およびJSPS科研費JP22H04956の助成を受けたものです。

用語説明

(注1)電気浸透流

マイナス(またはプラス)に帯電した多孔性物質やマイクロチャンネルに通電すると、カチオン(またはアニオン)が優先的に電気泳動するため、それに付随して電気浸透流と呼ばれる溶媒(水)の流れが生じる。

(注2)自律拍動

培養した心筋細胞の塊(スフェロイド)は、細胞間で協調し、1Hz程度のペースで自律拍動する能力を有している。

論文情報

タイトル: Spatiotemporally Controllable Chemical Delivery Utilizing Electroosmotic Flow Generated in Combination of Anionic and Cationic Hydrogels
著者: Daigo Terutsuki, Sho Miyazawa, Junya Takagi, Akihiro Yamada, Hiroya Abe, Yunhao Sun, Gaobo Wang, Matsuhiko Nishizawa*
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科(大学院医工学研究科・高等研究機構新領域創成部 兼務) 教授 西澤松彦
掲載誌: Advanced Functional Materials 2023, 2304946
DOI: 10.1002/adfm.202304946

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学大学院工学研究科ファインメカニクス専攻 教授 西澤 松彦
TEL:022-795-7003
E-mail:nishizawa@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
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