潤滑油を接触面に捕集する世界初の技術を開発

- 安価な潤滑油が主成分でも低摩擦・高効率に動く機械の誕生に期待 -

2023/10/31

【本学研究者情報】
〇大学院工学研究科機械機能創成専攻 准教授 村島 基之
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 誘電泳動現象(注1)を用いた潤滑油の捕集(注2)技術を世界で初めて開発しました。
  • 摩擦試験に透明材料を使用することで潤滑油の流動特性を解明しました。
  • 少量の高品質潤滑油の使用でも低摩擦損失を可能とする機械の誕生に期待できます。

概要

機械に用いられる潤滑油は使用する環境に合わせて、様々な基油(ベースオイル)と添加剤を組み合わせることにより高い潤滑性および耐摩耗特性を実現させています。しかし高機能な潤滑油は一般に高価であるため、産業利用においてコスト面での課題があります。

東北大学大学院工学研究科の村島基之准教授と名古屋大学大学院工学研究科の梅原徳次教授らの研究グループは、高機能潤滑油を通常の潤滑油に混合させた二液混合油(注3)を用いて、誘電泳動現象を活用することで高機能潤滑油を効率的に機械しゅう動部に捕集できる新技術を開発しました(図1右)。本技術により、高機能潤滑油の微少量使用条件下における高い潤滑性や耐摩耗性の発現、環境負荷の低減、潤滑油の減少時における摩擦安定化の維持が可能になります。

本研究成果は、2023年10月31日に摩擦を取り扱う科学の一分野、トライボロジーの専門誌Tribology Onlineにオンライン掲載されました。


図1 誘電泳動(100 V印加)によりしゅう動部に凝集する低摩擦潤滑油(右図)と無印加条件では凝集しない状態(左図)。青点線内が機能性低摩擦潤滑油を示す。

研究の背景

機械製品には多数のしゅう動部(摩擦部)が存在しますが、その部分の摩擦や摩耗特性の改善は機械の省エネルギーや長寿命につながります。一般的にしゅう動部は大きな荷重を支持するため、接触部分には大きなせん断応力、塑性変形、摩擦熱が生じる状態となります。そのため、通常の機械においては機械潤滑油を用いることで低摩擦や摩耗の抑制を実現しています。

機械潤滑油は、基油(ベースオイル)に様々な効果を発揮する潤滑油添加剤を添加する方法が一般的で、求める機能・用途に応じて両者の組合せや組成が設計されています。ベースオイルには様々な種類が存在しますが、低摩擦性や耐摩耗性に優れるベースオイルは高価であり、高機能性と低コストを両立させることが困難になってきました。そのため、設計上はさらなる優れた省エネルギー特性や長寿命特性を発揮するポテンシャルを有する機械システムがその実力を発揮しきれていない現状があります。

そこで近年、安価な潤滑油をベースオイルとして高機能潤滑油を混合した二液混合油を用いて、高機能性と低コストを両立する技術が探索され始めています。しかし、この二液混合油の使用時、高機能潤滑油のしゅう動部への接触部への輸送確率は混合割合に準ずることになり、優れた潤滑特性を得るためには結局多くの高機能潤滑油が必要となることが課題でした。

今回の取り組み

東北大学大学院工学研究科(東北大学高等研究機構 兼務)の村島基之准教授、名古屋大学大学院工学研究科の梅原徳次教授と野老山貴行准教授、韓国光技術院(KOPTI)のWoo-Young Lee研究員らの研究グループは、しゅう動面(注4)の潤滑油の流動特性を解明し、さらに誘電泳動を活用することで高機能潤滑油をしゅう動部に選択的に輸送するという革新的なしゅう動面システム(注4)の開発を行いました。

誘電泳動は、二つの電極間に交流電場を印加すると基質と分散物質の誘電率の違いにより、分散物質が電極に引き付けられる現象です。この現象は分散した粒子の捕集などに利用される場合がありますが、本研究ではベースオイル中に分散した機能性潤滑油の液滴をしゅう動面に捕集することを考えました。この時、ベースオイルと高機能潤滑油は相互溶解しない特性を有する必要があります。

実験ではPAO4と呼ばれる潤滑油と、プロピレングリコール(以下PGと表記)と呼ばれる低摩擦の潤滑油を組み合わせて使用しました。ベースオイルとなるPAO4に機能性潤滑油であるPGの油滴をピペットで添加ました。誘電泳動現象を引き起こすため、接触しているしゅう動面の各面はそれぞれ電極として作用させます。ただし、両面が金属などの導電性材料の場合には、電極間における電位勾配が生じないため、今回の実験では電極の表面に薄い絶縁体を配置しました。実際の機器においては絶縁体のコーティングやセラミックスを配置し、類似の構成を作ることが考えられます。本研究の新規性は、透明な導電性材料であるITO膜を電極として利用することで、光学顕微鏡による摩擦面の潤滑油分布の把握が可能となり、実際の潤滑油の流れが可視化できたことです。

一般的な二液混合油を用いて、まずは、しゅう動面に電圧を印加せずに観察した結果、機能性潤滑油がしゅう動部に届けられるかは無作為であることが分かりました(図1左)。次に、しゅう動面に100 Vの電圧を印加し観察したところ、誘電泳動現象により、ごく少量混ぜ合わされたPG油が接触面にしっかりと誘引され、しゅう動部を覆うことが明らかになりました。本研究ではさらに、実際にどの程度の摩擦低減効果があるかを摩擦試験により確かめました。その結果、図1右のようにごくわずかなPG油であっても効率的に捕集することでしゅう動面が覆われる場合には、PG油を100%用いた場合の摩擦係数0.047に非常に近い0.052を示すことが明らかになりました(図2の0 Vと100 Vの比較)。PAO4潤滑油のみの場合の摩擦係数0.067に対して、2 mlのPAO4中に5 μl(0.25%)のごく少量のPG油を混ぜた二液混合油を用いて誘電泳動現象を活用することで、摩擦係数を22%も低減させたことになります。


図2 誘電泳動を発生させるための交流電圧の大きさと摩擦係数の関係

一方で、興味深いことに100 Vよりも大きな電圧を印加すると摩擦係数が再度上昇しています。この現象は誘電泳動現象による潤滑油のしゅう動面への誘引の影響だけでは説明ができないものです。その原因を探るため、この条件の摩擦試験においても透明ITO膜電極を利用し、摩擦面における潤滑油の分布を観察したところ、高電圧条件(1000 V)では、PG油がローラーとディスク試験片の接触部(図3左の赤長方形部)を避けるように馬蹄形の形状となり、その部分を覆うことができていないことが分かりました。この現象を理論的に説明するため、有限要素法(注5)を用いた電場解析を実施しました。その結果より、この摩擦試験条件においては、電圧が大きくなるとローラー端部への誘電泳動力が急激に上昇することが明らかになりました(図3右)。


図3 高電圧(1000 V印加)時に形成されるPG油の馬蹄形の凝集形態の様子(左)。この条件における各位置に働く誘電泳動力(右)。

今後の展開

本研究では、誘電泳動を活用することで高価な高機能潤滑油だけをしゅう動部に選択的に輸送する革新的なしゅう動面システムの開発、誘電泳動現象による低摩擦メカニズムの解明、摩擦中の摩擦面のその場観察により、電圧に応じて摩擦係数が変化する現象の解明という一連の研究成果が達成されました。

本技術は、ごく少量の高機能潤滑油を用いた場合であっても十分な摩擦低減効果を発揮できる潤滑システムに発展する可能性を秘めています。様々な機械において安価な潤滑油でも摩擦損失の低減を実現することでエネルギー効率が向上し、カーボンニュートラルの実現に大きく貢献することが期待されます。また、潤滑油が減少してきた際でも摩擦安定化が可能であること、さらに、潤滑油の使用をごく少量にできることから、自然環境への影響を最小限にできるというメリットもあります。

謝辞

本研究は、JSPS科研費 JP20K14639、JST 創発的研究支援事業 JPMJFR212I、公益財団法人 NSKメカトロニクス技術高度化財団、公益財団法人 池谷科学技術振興財団の助成を受けたものです。

用語説明

(注1)誘電泳動現象

交流電場中に誘電体粒子が存在すると、粒子に分極が生じる。周囲に存在する溶媒も分極するが、分極の程度は物質ごとに異なる。この分極の違いが外部電場に対する異なる応答を生じさせることで、結果として粒子が移動する。

(注2)捕集

化学用語で、複数の成分が混じった液体や気体から特定の成分を集めることを意味する。

(注3)二液混合油

溶解し合わない異なる二つの潤滑油を混ぜ合わせた潤滑油。一般的な潤滑油は、高温になると粘度が過度に低減するという問題が生じる。二液混合油は高温で低粘度油と高粘度油が溶解し合うことにより、粘度の過度な低減を防ぐことなどを目指して開発されている。

(注4)しゅう動面、しゅう動面システム

しゅう動面とは、通常の表面とは異なり物体が接触しそれらが相対運動することにより形成される面です。しゅう動面システムとは、表面に新しい機能性を付与することで、しゅう動特性を制御することを可能にした新しい機械要素です。

(注5)有限要素法

解析したい対象(ある形状を有する材料、流体の流れる部分、電場の生じる領域)を小さな要素に分割し、それぞれの要素内における微分方程式のつり合いの関係から全体の挙動を解析する手法。

論文情報

タイトル: Active control of lubricant flow using dielectrophoresis and its effect on friction reduction
著者: Motoyuki Murashima*, Kazuma Aono, Noritsugu Umehara, Takayuki Tokoroyama, Woo-Young Lee
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 准教授 村島 基之
掲載誌: Tribology Online, 2023 Volume 18 Issue 6 Pages 292-301
DOI: 10.2474/trol.18.292

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科機械機能創成専攻 准教授 村島 基之
TEL:022-795-6955
E-mail:motoyuki.murashima.b3@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
ニュース

ニュース

ページの先頭へ