メタマテリアルで6G通信向け周波数チューナブルフィルタを開発

- 環境やセキュリティなどテラヘルツ波を使う様々な産業分野での活用にも期待 -

2024/02/19

【工学研究科研究者情報】
〇大学院工学研究科ロボティクス専攻 教授 金森 義明
研究室ウェブページ

発表のポイント

  • 次世代の第6世代移動通信システム(6G)(注1)通信帯で利用できる周波数のチューナブルフィルタ(注2)を開発しました。
  • シリコン製の機械式屈折率可変メタマテリアル(注3)ファブリペロー共振器(注4)内に搭載することで優れた光学特性(高透過率)と機械特性(機械的信頼性)を兼ね備えています。
  • 6Gをはじめ、医療・バイオ・農業・食品・環境・セキュリティなど幅広い分野での応用が期待されます。

概要

世界ではすでに第5世代移動通信システム(5G)(注5)の次の世代「6G」を見据えた研究開発が始まっており、5G用の電波(ミリ波)よりさらに波長が短いテラヘルツ波(注6)が使用されることが明示されています。6Gでは0.3テラヘルツ(THz)近傍の周波数帯の電波が用いられることが想定されており、不要な周波数の電波を除去して特定周波数の電波を通過させるフィルタが必要となります。近年、6G用周波数チューナブルフィルタの開発が進んでいます。

東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻の金森義明教授らの研究グループは、シリコン製のサブ波長格子(注7)で構成される機械式の屈折率可変メタマテリアルを新たに開発し、ファブリペロー共振器内の屈折率を制御することにより、狙った周波数域の電波を通過させる周波数チューナブルフィルタを開発しました。開発したフィルタは、シリコン半導体微細加工技術を用いて作られるため、機械的信頼性と小型・量産性に優れています。

本技術は、将来的にはテラヘルツ波を利用するスキャニングやイメージングへの応用展開が期待でき、医療・バイオ・農業・食品・環境・セキュリティなど幅広い分野での活用が期待されます。2022年に設置した国内初のメタマテリアルを専門とする研究センター「メタマテリアル研究革新拠点」(注8)を基盤に実装化に向け、研究をさらに加速させていきます。

本研究成果は、2024年2月9日付で、米国光学会誌 Optics Lettersに掲載されました。

研究の背景

国内では2020年3月に第5世代(5G)移動通信システムによる商用サービスが始まりました。一方、米国、韓国、欧州、中国、日本を中心に2030年代の実用化を目指して5Gの次の世代「6G」を見据えた研究開発が始まっており、テラヘルツ波が使用されることが明示されています。6Gでは0.3THz近傍の周波数帯の電波が用いられることが想定されており、ノイズとなる不要な周波数の電波を除去して、必要な周波数の電波を選択的に通過させる周波数チューナブルフィルタが必要となります。ファブリペロー共振器は、2枚の高反射ミラーで構成される、よく知られた周波数選択性フィルタです。ファブリペロー共振器を通過する透過波は、共振周波数で最大強度になり、共振周波数から離れると急激に減衰します。また、ファブリペロー共振器で従来採用されてきた周波数の動的制御法である、2枚のミラー間の距離を調整する方式や、共振器内に液晶を充填する方式では、ノイズ除去性能が低いことや電波の減衰という課題がありました。

今回の取り組み

東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻の金森義明教授、Ying Huang(イン ホワン)特任助教、大学院生(研究当時)のYangxun Liu(ヨウコン リュウ)氏、岡谷泰佑助教、猪股直生准教授らの研究グループは、機械式の屈折率可変メタマテリアルをファブリペロー共振器内に搭載した周波数チューナブルフィルタを実現し、6Gに向けた新たなチューナブル・テラヘルツ波制御技術の開発に成功しました。吸収損失の少ない高抵抗シリコンで構成されており、高い透過率を達成しました。また、開発したフィルタは、シリコン半導体微細加工技術を用いて作られるため、機械的信頼性と小型・量産性に優れます。

図1に、開発した周波数チューナブルフィルタの断面模式図を示します。シリコン製の機械式屈折率可変メタマテリアルを2枚のシリコンミラーで構成されるファブリペロー共振器内に搭載した構成になっています。どちらも高抵抗シリコンで構成されているため、制御対象とする周波数0.3THz近傍の電波吸収損失はほぼ無く、高いピーク透過率を実現します。周波数チューナブルフィルタに入射した電波は、不要な周波数の電波が除去されて、必要な周波数の電波のみ透過します。伸縮機構を備えた機械式屈折率可変メタマテリアルを機械的に変形させることで透過周波数をチューニングします。

図2は、機械式屈折率可変メタマテリアルの模式図を示します。バネにより自己支持されたサブ波長格子構造が固定端と可動端に連結されており、可動端を動かすことでサブ波長格子の周期を変えることができます。

図3は、周波数チューニングの動作原理を示します。図3(a)のように、サブ波長格子の周期が変わると機械式屈折率可変メタマテリアルの屈折率が変化します。ファブリペロー共振器の透過スペクトルは、機械式屈折率可変メタマテリアルの屈折率変化に応じてシフトします。従って、図3(b)のようにファブリペロー共振器内の屈折率を人工的に精密制御して狙った周波数の電波を透過させることができます。

図4は、製作したサブ波長格子構造の顕微鏡写真です。サブ波長格子はシリコンで構成され、空隙は空気で満たされています。周期を100μm(図2の初期状態を指す)から150μmまで可変させることができました。

図5は、周期制御による屈折率と周波数のチューニング特性を示します。100~150μmの周期変化に応じて、メタマテリアルの屈折率を1.50~2.08の範囲で変えることができ、ピーク周波数を0.303~0.320THzの範囲で制御できることが示されました。また、周波数0.303THz付近で、従来技術(約60~70%)よりも高いピーク透過率87%が得られました。実験値は電磁界解析法(注9)による数値計算結果とよく一致しています。

今後の展開

シリコン半導体微細加工技術を用いて作られるため小型・量産性に優れるという利点を活かし、将来は電子回路や半導体と組み合わせてテラヘルツ波の高度な制御が実現できると考えられます。6Gの通信技術をはじめ、テラヘルツ波を利用したスキャニングやイメージングへの応用展開が期待でき、医療・バイオ・農業・食品・環境・セキュリティなど幅広い分野での活用が期待されます。


図1 開発したチューナブルフィルタの断面模式図。

図2 機械式屈折率可変メタマテリアルの模式図。

図3 周波数チューニングの動作原理。(a)周期と屈折率の関係、(b)屈折率による周波数シフト。

図4 製作したサブ波長格子構造の顕微鏡写真。

図5 周期制御による屈折率と周波数のチューニング。

謝辞

本研究の一部は、JST CREST(JPMJCR2102)の支援を受けたものです。

用語説明

(注1)第6世代移動通信システム(6G)
現行の携帯電話で使われている 4G、5Gに続く無線通信システム。2030 年代の商用化が見込まれている。通信速度は5Gの10倍以上の毎秒 100 ギガビット級(ギガは10億)が想定されている。高解像度の3D映像を触覚情報などと合わせてリアルタイムで送受信できるようになる。医療分野では遠隔での治療や診察、教育分野では臨場感のあるリモート授業が実現する。
(注2)チューナブルフィルタ

周波数特性を変えることができるフィルタ。通信システムでは、例えば使用する電波の周波数帯域が広く一般的な周波数固定のフィルタでは対応できない時に必要となる。

(注3)メタマテリアル

制御の対象とする電磁波の波長より小さな単位構造で構成され、自然界にはないような電磁波応答を示す人工光学物質。空間的な局在電場モード(光の状態密度)を自在に設計し得る最小の光共振器とも言え、電磁波の応答特性は主にメタマテリアルの形状で決まる。光共振器の設計次第で実効的な屈折率を自在に制御できる。要求に応じた屈折率を持つ光学材料を設計に基づき人工的に実現でき、負の屈折率、透明マント(クローキング)、完全レンズなどの実現可能性が示されている。

(注4)ファブリペロー共振器

高い反射率を持つ2枚の板を向かい合わせた構造で、共振器内で起こる電波の干渉を利用して特定周波数の電波のみを透過させる。

(注5)第5世代移動通信システム(5G)

2020年3月からサービスが開始された、一世代前の4Gと並ぶ現行の通信規格。4Gと比較して、高速大容量、多数同時接続、超低遅延といった特徴がある。さまざまな電子機器がネットワークに接続されるようになる。

(注6)テラヘルツ波

光波(赤外線)と電波(ミリ波)の中間にあたる帯域の電磁波で波長は約10μm(周波数30THz)から約1mm(周波数300GHz)。赤外線のように検査・分析に用いる他、波長約10mm(30GHz)から約10cm(周波数3GHz)のマイクロ波を用いる現在の通信(5G)に続く次世代通信(6G)用の電磁波として期待されている。

(注7)サブ波長格子

制御対象とする入射波長よりも小さな周期構造で構成される構造体。制御対象とする入射波長よりも小さい周期構造は、ある屈折率を持つ一様な媒質と等価であり、その屈折率は構造やそれを構成する物質の屈折率で決まる。構造を人工的に制御することによりサブ波長格子の等価屈折率を変化させることができる。

(注8)研究センター「メタマテリアル研究革新拠点」

2022年6月1日設置。拠点長は東北大学大学院工学研究科 教授 金森義明。
https://web.tohoku.ac.jp/kanamori/0meta-ric/index.html

(注9)電磁界解析法

電界と磁界に関わる現象や作用をシミュレーションにより解析する。誤動作の原因となる電磁ノイズや電力の損失などを解析・評価することが可能。

論文情報

タイトル: Tunable Fabry–Perot interferometer operated in the terahertz range based on an effective refractive index control using pitch-variable subwavelength gratings
著者: Ying Huang, Yangxun Liu, Taiyu Okatani, Naoki Inomata, and Yoshiaki Kanamori*
*責任著者: 東北大学大学院工学研究科 教授 金森 義明
掲載誌: Optics Letters Vol. 49, Issue 4, pp. 951-954 (2024)
DOI: 10.1364/OL.515504

お問合せ先

< 研究に関すること >
東北大学 大学院工学研究科 ロボティクス専攻 教授 金森 義明
TEL:022-795-4893
E-mail:ykanamori@tohoku.ac.jp
< 報道に関すること >
東北大学工学研究科・工学部 情報広報室
TEL:022-795-5898
E-mail:eng-pr@grp.tohoku.ac.jp
英文プレスリリース   Tuning a Terahertz Wave Filter
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