ものづくりのフロンティアをゆく!

超音波計測融合シミュレーションの実験による検証

海外研修
シラキュース大学(アメリカ・ニューヨーク州シラキュース)
2009年9月23日~9月28日

研究は、孤独な歩み。
だからこそ価値ある体験となる
プロジェクト型研究。
個々の分担を遂行、統合しながら、
グループとしての潜在力を発揮。


図1

図1 超音波計測融合シミュレーションのブロック線図
超音波計測により得られるドップラー速度に関し、計測結果とそれに対応する数値シミュレーション結果を比較し、両者の誤差に基づく信号を数値シミュレーションにフィードバックする。このフィードバックの効果により、コンピュータ上に血流を詳細かつ正確に再現するとともに、これまで得ることが困難であった血管壁に作用する応力を提供する。

写真1

写真1 CT画像から得られた実形状のSTLデータを基に、3Dプリンタでつくった頸動脈の石膏の“型”。さらにこれをボックスに固定冷凍。最後に石膏を除去することでガラスビーズ入りのPVA溶液を流し込み、流路をつくった。

写真2

写真2 擬似血液の顕微鏡画像。左よりATS社製、CIRS社製、ヒトの血液。

写真3

写真3 頸動脈モデルと生体の超音波画像

図2

図2 頸動脈モデル内流れの可視化

写真4

写真4 シラキュース大学のシンボル的建物「Hall of Language」

モデルはヒト!
頸動脈の実形状模型を作成し、流れを計測。

 「メタボ(メタボリックシンドローム:内臓脂肪症候群)」という言葉もすっかり浸透した感があります。国は2008年度から40歳以上の人に対して健診と保健指導を義務化し、メタボの克服に乗り出しました。メタボを放置しておくとやがては心筋梗塞や脳卒中、糖尿病などに進行する危険が高まることが分かっています。中でも心臓病や脳卒中などの循環器系※1疾患は、死につながることが多いだけでなく、後遺症の治療などのためにさまざまな負担を伴ったり、寝たきり状態になったりするなど、著しい生活の質(QOL)の低下を招きます。これら循環器系疾患を防ぐためには、予防医学を推し進め、早期発見を図るとともに、適切な治療を行っていくことが重要です。同時に、研究者による血流可視化診断装置の開発も待ち望まれています。

 循環器系疾患の最大の原因は「動脈硬化※2」というものです。この病態の発症・進展と血行力学※3の関連については、これまで多くの指摘があり、実験的手法や数値解析を用いて研究が行われてきました。早瀬・船本研究室では、超音波診断装置と数値シミュレーションを統合した超音波計測融合(Ultrasonic-Measurement Integrated)シミュレーション(以下、UMIシミュレーション)(図1)に取り組んでいます。血流の新しい解析方法として注視を集めるUMIシミュレーションは、超音波計測によってリアルタイムに人の血管や血流動態を表示しながら、より詳細な血流ベクトルや壁面せん断応力※4、圧力分布などの多くの情報を提供できるものです。しかし、UMIシミュレーションを臨床応用するためには、計算結果の妥当性や精度について検証する必要があります。 そこで、機械工学フロンティアでは、大きく2つの目的を掲げました。 〔1〕UMIシミュレーションの実験検証のため、生体に近い超音波計測画像が得られる高精度な「頸動脈モデル」を作成し、凝似血液を流してUMIシミュレーションを行う。 〔2〕シリコン製の同形状の頸動脈モデルを用いて、Particle image velocimetry(以下PIV)計測※5を行う。UMIシミュレーション結果を、その計測結果と比較し、精度の評価を行う。 以下、〔1〕〔2〕についての詳しい取り組みと結果をご紹介しましょう。 〔1〕「頸動脈モデル」の作成 まず、生体のモデル材料に用いられるPVA(ポリビニルアルコール)ゲルの音速や減衰などの音響特性を計測し、生体の特性に近づける条件を設定しました。次に、頸動脈の実形状の血管情報(CT画像から作成されたデータ)を基に、中実モデル(写真1)をつくり、さらにそれを用い、頸動脈の形状の流路をもったモデルを作成。擬似血液の検討も行い(写真2)、生体により近い流れ場を再現しました。これら作成したモデルに対する超音波計測をした結果、従来の研究よりも「組織部分の散乱が表現されている」「超音波の減衰考慮により、深部に進むにつれ、組織部分の見え方が変化する」「音速の調整により、血管形状を正確に表示できた」「擬似血液の検討により、血流情報が明瞭に得られるようになった」などの成果を得ることができました(写真3)。 〔2〕UMIシミュレーション結果とPIV計測結果を比較する UMIシミュレーションとPIV計測の比較においては、速度の値は、ほぼ同等の数値を示しましたが、流れの様子については相違が見られました(図2)。原因としては、両者の計測位置がずれていたことの他、PIV計測の演算領域、屈折率(作動流体が水)などへの考慮が足りなかった/なされていなかったことが考えられ、定量的な比較ができなかったという課題が残されました。 機械工学フロンティアでの取り組みを携えて向かったシラキュース大学※6(写真4)。そこでは、この“課題”に対する明晰な答えが用意されていました。


※1
Circulation。動物の器官の分類のひとつで、血液を体内で循環させるのに働く器官と、血液の成分である血球を産生、成熟、分解する器官をまとめて呼ぶ言い方。
※2
Atherosclerosis。動脈の管の内面が肥厚し硬化することにより柔軟性が失われたり、動脈の内側に粥状の隆起(プラーク)が発生したりする状態。プラークは長い時間をかけて成長し血液を流れにくくしてしまったり、破れたりすることで血栓をつくり、動脈の内腔を塞ぐ。また、血栓が飛んでさらに細い動脈に詰まることで、血流を遮断し、重要臓器への酸素や栄養成分の輸送に障害を来すことがある。
※3
hemodynamics。血行動態とも。血管,心臓を含めた循環系を流れる血液の状態。
※4
流れによる摩擦力。血管内皮細胞をこする力。流れがない状態では壁面せん断応力は存在しない。
※5
粒子画像流速測定法。流体の速度分布を計測する方法として開発された。非侵襲計測手法の代表的なもの。
※6
アメリカ合衆国ニューヨーク州シラキュースにある私立大学。1870年、ニューヨーク州リマにメソジスト教会によって前身となる「Genesee College」が設立された。その後、文化的・産業的に発展してきた同市に移転。現在は12のschoolに、18,000人超の学生を擁する。カレッジスポーツが盛んなことで知られ、キャンパス内には5万人が収容可能なドーム型スタジアム「キャリアー・ドーム」がある。

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