ものづくりのフロンティアをゆく!

原子レベルシミュレーションに基づく新機能材料と試作評価

海外研修
マサチューセッツ工科大学
(アメリカ・マサチューセッツ州ケンブリッジ市)
2008年9月22日~26日

安全・安心な社会を支える
センサ技術の開発をめざして。
カーボンナノチューブの眠れる可能性を探る。


写真3 MITにて。プレゼンテーションに聞き入る参加者たち。

写真3 MITにて。プレゼンテーションに聞き入る参加者たち。

写真4 下段左から三浦英生教授、井上達也さん、上段左から岸宏樹さん、本多崇さん。

写真4 下段左から三浦英生教授、井上達也さん、上段左から岸宏樹さん、本多崇さん。
「課題多き今回の研修を通じて、目的意識が大きなモチベーションとなってくれることを学んでくれたと思います」と三浦教授。

成果を手に、“エンジニアの聖地”
MITでの研究交流に臨む。

 研究はまず、カーボンナノチューブを樹脂に分散させた試作センサをつくり、測定することからスタート。しかし、安定したひずみ感度を得ることができませんでした。これは主にセンサ内のカーボンナノチューブの分散形状や配列が不規則であることが原因として考えられました。センサの性能向上や感度のばらつきを低減し、信頼性を確保するためには、ひずみ負荷によるカーボンナノチューブの変形挙動を求め、それに基づきカーボンナノチューブの分散状態や形状を制御することが必要になります。そこで、分子動力学法※4を応用して、定量的評価を行っていきました。つまり、ひずみセンサにとって好ましいカーボンナノチューブの半径や長軸をシミュレーションすることで、明確な設計指針をつくる取り組みです。
 分子動力学法により、単層カーボンナノチューブの圧縮変動挙動は、半径、アスペクト比※5の形状に大きく依存して変化すること、また、電気伝導特性のひずみ依存性には、カイラリティ※6依存性がある、ことなどが明らかになりました。この解析結果は、センサの構造や使用条件に合わせて、単層カーボンナノチューブの形状を選択することで、屈曲変形しない性能信頼性の高いセンサが実現可能であることを示しています。
 カーボンナノチューブの変型特性の定量的評価は、日本機械学会材料力学カンファレンス(M&M2008)において発表を行いました。続いて、研究交流の舞台は、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology:MIT)へ。機械工学フロンティア研修(9/22~9/26)として、圧縮ひずみ下におけるカーボンナノチューブ電子物性変動の可能性を検討するプレゼンテーション、ワークショップを行いました(写真3)。MITは、電子デバイスや航空宇宙用複合材料として、カーボンナノチューブを用いた応用研究を推進しており、関心と興味を持って迎えてくれました。
 「MITは、材料科学、電子工学、航空宇宙工学の教授ならびにドクター(博士後期課程)の学生という専門の異なるメンバーが集まり、期せずして学際的な取り組みとなりました。講演、ポスターセッションともに、非常に熱心に耳を傾けてくれ、好評を博しました。もちろん参加した学生たちの英語による発表は、ネイティブのようにはいきませんが、こちらが高い知見と最先端の技術を有していることに、最大限の敬意を払ってくれました。もちろん理論を伝える手段としての言葉は重要ですが、言葉を超えたところにある“真理の追究” に科学者・研究者は集うのだということを体感してもらえたのではないかと思います」と三浦先生(大学院工学研究科 附属エネルギー安全科学国際研究センター、教授)。さて、世界的な科学者や工学者を輩出していることで有名なMIT。学生はどのような印象を受けたのでしょうか。
 「キャンパスはとてもオープンで開かれたものでした。研究室もガラス張りで、外からすべて見渡すことができます。実験設備に興味があり、見学させてもらいましたが、その充実度は、本学と同等、もしくは見劣りするほどのもので、それでもしっかりデータをとっているとは、実験の本質をきちんと理解しているのだなと感心しましたし、刺激にもなりました。また、女性の姿が多かった点も印象に残りました」「日本では、発表の場が討論の場に発展することはあまりありませんが、MITでは話の途中にも質問の手があがり、非常に活発に意見交換が行われていました。貪欲に何でも吸収しようという、ハングリー精神の片鱗のようなものを感じました」と語ります。そして、話は機械工学フロンティア研修そのものに戻りました。
 「今回は短期集中型のプロジェクトで、実質3ケ月で一定の成果を出さなくてはなりませんでした。それも単独で進めるのではく、チームでの取り組みです。研究内容の難しさ以上に、いっしょに研究を進めることにハードルを感じることも多々ありました」「単層ナノカーボンチューブの半径、巻き方、そしてアスペクト比、それぞれを変えた解析をデータベース化しなければならず、たいへんでしたが、きちんと特性の評価につながったので、報われた思いです」「タスクが決まっているのに、それに見合う時間がなかったので、かなり焦りました。これまでの実験・研究は、先輩からの指導のもと、一人でコツコツと積み重ねていくというスタイルでしたから、グループでの取り組みは新鮮でした」という学生の発言を引き受けて、三浦先生が続けます。「研究は、通常、すべてを一人で究めていく孤高の取り組みです。しかし、今回は、協力して短時間で成し遂げるというミッションが課されました。これは研究開発が、いきおい時間との闘いとなる産業界では普通に見られるプロジェクト体制ですし、今後、社会に出ることがあれば求められる資質・能力でしょう。それにしても、ゼロから始めて3ケ月弱で、MITの博士課程の学生達と研究交流できるところまで成果を挙げた、そのがんばりに拍手を送りたいと思います」と笑顔で締めくくりました。

この「原子レベルシミュレーションに基づく新機能材料と試作評価」は投稿論文にまとめあげる計画があるほか、MITとの継続的な共同研究へと進展しました。まさに、修士1年の学生の取り組みが先鞭をつけた形となりました。ナノメートルの世界に息づく潜在力と可能性、それがどんな風に発現し、社会や暮らしを大きく豊かに変える力になっていくのか…注目していきたいと思います。

取材日:2009年2月18日

三浦・鈴木(研)研究室へ



※4
個々の原子の運動をNewtonの運動方程式に基づき、決定論的に追跡調査するという数値シミュレーション手法
※5
2次元形状の物質の、長辺と短辺の比率。
※6
原子配列の違い。

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